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4日目【知床斜里→開陽台  145km】



「地の果てを獲りに行く」ってrenas先生に言ったら「択捉を獲りに行け」とさ。






本日のルート (powered by ルートラボ)

知床斜里→ウトロ→羅臼→伊茶仁→中標津空港→開陽台(実測144.9km)




地の果てを獲りにいく。







斜里第一ホテル。自転車は玄関に置かせてもらった。



ちゃんとした布団で一晩寝たのが良かったか、それとも、山を越えたことで天気が回復したのが良かったか、いずれにしても足取りは軽く、7:00斜里第一ホテルを出発。まずは30キロほど走って峠の麓、ウトロへ向かう。



「相変わらず、風景の変化が少ない道ですね」
「ただ、風は追い風だ」







ウトロまで残り30キロほど。



昨日とは打って変わって、思いのほかペダルがよく回る。休息が良かったのか、それとも追い風の所為か。






海岸線に出た。



1時間ほど走って、海岸線に出ると、単調だった風景にアクセントが出るようになった。相変わらず、風は味方に付いてくれている。



「あ、大先生、滝ですよ!」
「オシンコシンの滝だね。」







今までは通り過ぎるだけだった場所だ。



オートバイではこの道を何度も通ったことはあったが、改めて立ち止まって見ると、なかなかな迫力だ。当然、寄り道の回数は増えるわけで、遅々として進まないが、まあそれはそれで。

やがて、街の気配が強くなってくると、そこがウトロ。知床峠の西の玄関口である。






峠の麓。戻るなら今のうちだぜ。





「ちゃんと補給物資を仕入れてくださいね!」
「はいはいわかってますっt……」
「ハイは1回!」
「はいぃぃっ!」


久々に真剣なエルコスさんに促され、麓のセイコマで補給を開始。水1リットル、赤缶、小分けのスニッカーズと、セイコマPBのゼリー飲料を購入したが、まあこれだけあれば羅臼までは持つだろう。



「ちゃんと買いました?」
「心配性だなぁ」


とは言うが、昨日、一昨日と、ほぼハンガーノックが原因で行程の下方修正をしただけに、今回は謙虚にならざるを得ない。まあ、ぶっちゃけた話、スタート時点で水の補給をしていなかったから、ここで必ず補給する必要はあったのだが。






準備といえば、熊鈴(昔買ったやつ)。結局、ミク全開だったのであまり効果はなかったが。



さて、登坂の準備をしていると、ご同業の車列が峠方面へ向けて出発するところだった。向こうは10人程度の大所帯で、サポートカー付というお大尽。



「やっぱりサポートカーはいるなぁ」
「誰が運転手をするんですか?」


こちとら仲良く独立愚連隊。今日もおっさんとチタンロードの二人三脚だ。そんな訳で、峠をシバきにかかったのが、9:03のこと。熊除けにミク全開にして






あそこが戦闘開始ポイント。峠までの長いヒルクライムが始まる。



最初は、まあまあな斜度が道道93交点まで続き、その間に160mほどアップする。峠の標高は738mなので、だいたい行程の20%は登ることになる。相手は北海道の国道で唯一、冬季閉鎖をすることで有名な交通の難関、こちらも小細工なしでいきなりインナーギアで攻める。



「……あ」
「追いついちゃいましたね」







先行していたご同業をパス。どうやらこのあと自然センターに立ち寄ったみたいだ。



先行していたご同業の車列をロックオンしてしまった。そして一気にオーバーテイク。







ミク全開で。








「屈辱、でしょうかねぇ?」
「さあ?」


道道93交点を過ぎると、勾配はやや緩くなる。それでも途中下り返すような箇所のない、言わば







遊びのない登り






のため、長期戦覚悟で脚の回転数を落とす。速度は10キロまで落ち込むが、どうせ登坂に2時間かかると見込んでいるので、気にしなければよい。






羅臼岳が見えてきた。



7月初めだというのに、行き交う道外ナンバーのオートバイや、「わ」や「れ」ナンバーの車が多い。あと、道外ナンバーのキャンピングカーとか。

てれてれ、とことこ登っていくと、目の前に羅臼岳がドカンと現れる。ここがだいたい400m地点で、ようやく行程の半分を登ったことになる。ここまで来ると、麓の鬱蒼とした森の中ではなく、背の低い木々が連なる高原地帯の様相になる。雰囲気としては……



「渋峠に似ているのかも……」
「なるほど、言われてみれば」







この辺りなんかが渋峠っぽい感じ。



ぼちぼち脚がしんどくなってきた。ダンシングを織り交ぜながらさらに登るが、ついでに腰も痛くなってきた。ポジションが低くセットされた借り物フォークが災いしているようで、時々、腰を伸ばしながらダンシング。小分けのスニッカーズとゼリー飲料を立て続けに口に放り、水で強引に流し込む。

昨日の天気が嘘のように、日差しがモロに照り付ける。木陰が心地よいレベルで、飲んだ水分が瞬く間に汗となって放出する。あまりにも暑かったので、グローブを脱いで素手になった。手は風を受けて涼しくなったが、今度は汗でヌルヌル滑ることに。



「指貫を持ってくれば良かったですね」
「後悔しても遅いか……」







写真ではなかなか伝わらないほどの迫力が。



道は大きく弧を描き、さらに勾配を上げていく。稜線を見る限り、もうすぐてっぺんの筈なのだが。……とここで、別のご同業一行とすれ違う。比較的軽装で、長期の旅行者ではなさそう。最近、北海道のサイクリストは軽装の人が多いような気がする。



「昔ほど重戦車は流行らないんですかね?」
「時代の変化なのかもね」


航空機での移動が便利になった2010年代、重装備で長期、しかもテント泊自炊するスタイルから、軽装で短期、宿利用するスタイルに変化しつつあるのかもしれない。どちらにも一長一短はあるが、軽装には軽装なりのメリットがあるので、今後は軽装スタイルが流行るのではないかと思う。

そんなことを考えながら登っていくと、駐車場の案内看板が。






もしかして、これは……





「今、いくつ登った?」
「えーっと……、740ですね」


と、いうことは、あの駐車場は、知床峠の駐車場ということだ。ゆっくりと右にカーブした先に、羅臼町のカントリーサインが見えた。



「獲ったな!」
「はい!  獲りました!」







やっつけたぜ。



10:25、知床峠を獲った。この峠に立つのは3回目なのだが、ここまでド快晴な峠に立ったのは、初めてのことだ。こんなに景色の良い場所だったとは。






羅臼岳方面の展望。



峠部分はちょっとした観光スペースになっていて、人の往来が多い。それでも、まずは祝杯とばかりに、余ったスニッカーズと赤缶を所望する。改めて峠を見回してみると、羅臼方面への展望が雄大で、よく見ると、うっすらと濃い色をした、平べったい何かが見えた。



「あれはもしかして……」
「国後島ですね」


生で島の姿を見たのも、これが初めてのことだった。






羅臼側の展望なんて、今回初めてのことだ。



しばらくしていると、観光バスが大挙して押し寄せてきた。峠の駐車スペースには限りがあるし、そもそも人が多すぎて落ち着かない。そもそも、いくら峠のてっぺんを獲ったからって、目的地はここじゃなくて羅臼なのだ。ということで、ぼちぼち腰を上げることに。

羅臼側への下山を開始した直後だが、いきなり道は登り勾配になる。斜里側とは異なり、羅臼側は僅かだがアップダウンが存在する。しかし、それもすぐに終わり、あとはひたすら下り勾配だ。



「できるだけ速度を落として。飛び出しがあります!」
「こんな人気のない峠道で?」
「シカとかキツネとか熊とかですっ!」


知床は野生動物の楽園でもある。過去には、レンタカーを襲うヒグマがメディアに公開されたこともある場所だ。そもそも、そのヒグマを恐れて当初のルートから知床峠を外していたのだった。






実は結構な勾配の羅臼側。ようやく麓まで下りてきた。



できるだけブレーキで速度を殺し(後ブレーキは極力抑えて)、ゆっくり下っていくと、やがて人の気配がしだす。同時に、硫黄の匂いも。

羅臼にある温泉「熊の湯」だ。ここを通過したということは、市街地まであと少し。






羅臼の中心街へ。ここにとってバスは生命線となる。






思いつきで判断した結果


羅臼の道の駅で昼食。ウニや昆布が有名かと思ったら、黒ハモというのが名物らしい。



「知ってる?」
「あまり聞かないですね」


羅臼の名産とあれば、食べないわけにいかない。早速オーダー。黒ハモ丼1100円+大盛150円。出てきたのがこちら。






大盛り頼んで正解だった。ナイス俺。





「すげえ……」
「おいしそう……」


うっとりした声で言わないでほしいなぁ。んで食べてみたのだが、これが本当に







ヤヴァイ。






脂が乗った、ふっくらした身が、甘辛タレに絡んで、もうね、ヤヴァイの



「ちゃんと食レポしてくださいよ」
「今、それどころじゃない」


宝石箱とかってレベルじゃない。黙々と食べ、最後に湧き上がる満足感。

この時期、道東では時鮭が名物なのだそうだが、羅臼に来たら黒ハモ一択だね、という、そんな感想。



「……ということでよろしいですか?」
「まあ、宝石箱とか言わないだけヨシとしますか」







道の駅らうすの知床食堂にて。なお、他にも黒ハモを食べさせてくれる店がある。要確認。



すっかり満足したので、行程を進めることにした。

羅臼からはR335国後国道を南下して、標津まで下りる。冬季は、羅臼へと至る唯一の道となる。

途中、いくつかの集落を通過するが、基本的には人気のないところを往く。また、羅臼への幹線道路だけに、大型バスの往来が多い。途中、アップダウンもあり、単調な道という訳ではなさそうだ。






意外にも、民宿やライダーハウスが多いイメージ。



黒ハモで満足したせいか、知床峠の攻略で体力を使い果たしたか、あるいは、向かい風の影響か、



「加速しないなぁ」
「まあ、焦っても仕方ないじゃないですか」







なのでちょこまか休憩を挟みながら。峯浜漁港にて。



国道の終点である伊茶仁までは、およそ40キロ。20キロアベレージで2時間、しかし当然のように時間は狂う。伊茶仁の交差点付近にある廃屋の姿を見つけたときには、出発から2時間以上経過していた。






ニコライ亭。特徴的な屋根だ。



ちなみにこの廃屋、確か2003年にも存在していた。丸いドーム屋根が特徴的だったのでよく覚えているが、まだ解体もされてなかったとは。

試しに立ち寄ってみた。出迎えたのは、もはや息の根を止められたキュービクルの残骸。背後ではクルマの往来が停まらないが、目の前にある建物は、物言わずに佇んだままだった。時折吹く風によって、割れた窓ガラスがカタカタ揺れる。






もはや息の根は止まっているようだ。





「大先生、なんだか、怖いです……」
「そうだな。行こうか」


かつては人々で賑わったであろうこの建物も、もはや今は廃屋でしかない。そして、こういう建物を、北の大地では結構目にする。






伊茶仁交差点。羅臼への玄関口でもある。



伊茶仁の交差点で小休止。交通量は多いが、ここが羅臼への分岐点である。地図を見ながらこの先のルートを決める。予定では明日、別海のポークチャップというプランなのだが、天気が乱れるらしい。それならば、中標津で一泊して、明日の天候次第でどうするか決めようと思う。幸い、帰りの飛行機は14:35に飛ぶので、13時頃までに空港に着いていればよいのだ。

地図を見ると、中標津の緑ヶ丘森林公園が210円で利用できるらしい。時間的にも丁度良いくらいだろうか。そう決まってしまえば、あとは中標津を目指すのみである。R244から道道774を通るルートで中標津を目指そう。






道中、エルコスさんを被写体にしながら。



このあたりは、碁盤目……  とまではいかなくとも、割と綺麗に縦横に道が伸びている。よって、直線的な線形となるのだが、



「退屈だなぁ」
「みるみる、やる気が低下してますね」


という感じでダラダラ走る。道道774交点を左折して、ふたたびまっすぐな道。やはり、飽きる。






この道道標識の書式は北海道オリジナルのものだ。。



おかしい、憧れの北の大地で、なんでこんなに「飽きる」を連呼しているのだろうか。しばらく走りながら考えて、ふとある結論に達した。

これはアレだ。江戸川のCRが退屈なのと原理が一緒だ。……と。



「つまり、景観の変化がなさすぎる、と」
「微妙に変化はあるんだけどね」







時折、こんな牧歌的なところも通ったりするので、殺風景という訳ではない。



あと、これは自業自得なのだが、借り物フォークによるポジション変化に対応しきれていない、というのが原因かもしれない。実際問題、スペーサーが1枚抜けていて、その分ハンドルが低いのだ。結果的に前屈みになり、腰と腕をやられる。






川北市街。かつては標津線も通っていた。この街も●ラクエ感が多分に。



痛む身体を騙し騙し動かしながら、川北の街までやって来た。ちょっとした規模の街で、自販機の補給も期待できそうだ。そんな川北の街を流していると、



「……!?  ちょっと寄り道!」
「え、……きゃっ!?」


唐突にターン。曲がった道の先には、見慣れた風景が。






旧川北駅跡。狙った通り。





「やはり停車場線だったか」
「よくあの一瞬で見つけましたね」


旧標津線川北駅跡だった。静態保存されたキハ22が鎮座し、ここがかつての駅であったことを主張する。標津地区の発展に寄与した鉄路ではあるが、平成元年に廃止されてしまった。現存していれば、根室標津まで輪行して、そこから羅臼、という選択肢もあったのだ。






標津線の場合、特に駅跡のモニュメントには力を入れているように思う。



日差しは西にだいぶ傾いている。赤缶チャージと補給用のパンで軽く小腹を満たし、さらに南下する。道道774は、いかにも北海道といった荒涼感の中を進んでいくが、やがて唐突に人工物が現れる。そこが中標津空港で、言わば道東の玄関口である。






道道774の終点が、ちょうど中標津空港になる。



明日のフライト前に下調べを済ませておく。土産は空港で買え、とはよく言ったものだが、中標津空港は地方空港故に規模が小さい。もしかしたら土産物屋が閉まっているのではないか、という懸念があったが、何のことはなく、普通に営業していた。北海道土産の定番、マルセイのバタサンも在庫があることを確認。

さあ、それでは今日のキャンプ地へと行くか、と、時計を見ると、まだ16時過ぎくらい。北海道ライダーの聖地として有名な開陽台までは、ここから約10キロ程度の距離でしかない。






意外と近いのだ。





「……行きますよね?」
「よく分かったな」


そんな訳で、1年前に通ったルートを逆走して、開陽台へ。そして、それは現れた。






直登パート2?









なんじゃこれ?








「あの、ライダーが記念撮影するスポットですよねここ」
「直登じゃねーかwww」


自転車乗りの界隈では、開陽台==ラスボス、ということで一致している。中標津側からの直登もそうだが、最強……  いや、最凶のラスボスは、開陽台までの登り区間にあった。






バカじゃねーの!?  レベルの登り。後で調べたら10%勾配で、釜トンと同レベルらしい。





「しーんーじゃーうーっ!?」
「勾配が10パーセントを超えましたね」


そう、恐ろしいほどの激坂なのだ。あまりの激坂っぷりに、人によっては諦めて押しが入るレベルだとか。ちなみに、勾配が勾配なので、一度足を着いたら再乗車は不可能に近い。ゆえに、おいそれと脚を着くことができない。



「大先生、ファイトーっ!」
「いぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!?」


結局、登るには登ったが、到着と同時にやったことは、赤缶チャージであった。






展望台が見えてきた。



夕日に照らされた開陽台は、とても神秘的だった。特に、養老牛側の放牧地帯をバックに、エルコスさんを一枚写真に収めたのだが、これが思いのほかいい塩梅だった。






背景のぼやけ具合が秀逸で。



そういえば、開陽台の裏手はキャンプ場になっていたはず。何年か前まで、クマ出没の為に閉鎖されていたが、今は復活したらしい。

時刻を見ると、17時を少し回ったくらい。レストハウスの閉店は17:30。レストハウスで早めの夕食をとってしまえば、ここで一泊できるではないか、と。

17:30を過ぎると補給ができなくなる。緑ヶ丘森林公園まで下りれば、補給は出来るしコインシャワーもあるし、最悪、宿が近くにあって逃げ場がある。ただし、利用料が210円。開陽台はタダである。






結局、決断して晩飯を取ることにした。





「エルコスさん、今日ここに泊まるわ」
「そう言うと思ってましたよ」


決断は早く、そしてあっさりだった。そそくさとザンギカレーを平らげて、






開陽台の展望台裏手が無料のキャンプサイトになっている。すぐ近くまでオートバイ乗り入れ可。



展望台の裏手にテントを張った。結露だらけのビビーサックを。



「やっぱ宿だったか」
「いまさら何を言ってるんです?」


ちなみに中標津の市街地まで行かなくとも、開陽台周辺には格安で利用できる宿はある。普通はそっちを利用すべきだと思う。だが、それがいいのだ。






天気は夜半に崩れるということだが、果たして……





「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさいまし」


シュラフカバーにくるまり、ビビーサックの中に潜り込んだ。明日は帰郷の日だが、天気は持ってくれるだろうか……




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TITLE:土曜:4日目
UPDATE:2016/07/24
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/228_yama7/day04.html