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幕間〜山に登るということ〜






知床峠のてっぺんにて。



右カーブの先に見えた、羅臼町のカントリーサインが、地の果てを貫く峠のてっぺんであることを主張している。 10:20、私とエルコスさんは、およそ80分かけて、地の果てを獲った。 「獲ったな!」 「はい! 獲りました!」 知床峠、標高738mは、羅臼岳をバックにひっそりとそこにあった。……ただし、人は多かった。 「なんか観光地化されてませんかここ?」 「まあ、風光明美な場所だしね」 そう、観光客が多いのだ。決して広くない駐車場に、ごった返すように人が往来し、そのうち何割かは、観光バスによるものだ。 「観光バスで旅行する人たちにとっても、ここは訪れたい場所ってことですか」 「まあ、言わば『ここではない、どこか』の究極みたいなもんだからね」 私は言った。そもそも、外に出るための道が2本で、そのうち1本は冬季閉鎖してしまうという特殊な地理を有する羅臼という街を目指している私自身、その究極に訪れたい人、ということになるが。 そんな知床峠からは、遠く向こうにうっすらと島国の影が見えた。国後島だ。 「大先生は、ここは3回目と言ってましたけど」 「峠からこんなにハッキリ見えたのは、今回が初めてだよ」 そんな知床峠の展望を楽しむ私たち。ついでに見つけた知床峠の碑の前で、いつも通り写真をせがむエルコスさん。 「かわいく撮ってくださいよ?」 「無茶言うなよ……」



ちなみに、リヤに比べてフロントは驚くほど軽装。重量バランスは今後の課題だ。



そうやって何枚か写真に収めたところで、カントリーサインの下で小休止を取ることにした。今回は出発前に、しつこいほどにエルコスさんからの説教が入ったので、しっかり補給食を…… 「ひどーい! しつこいとは何ですか!?」 「言い過ぎた。そんなに怒らないでよ」 そんなエルコスさんの愛のあるご助言に従って仕入れた補給食が少し余っていた。といっても、温くなった赤缶と一口サイズのスニッカーズなのだけど。



補給食の定番、高カロリーな2品。



しみじみと口にしながらのんびりしていると、唐突にエルコスさんが話しかけてくる。 「あんまり疲れてないですね、今日」 彼女の言うとおり、前日にちゃんとした宿で休息を取ったせいか、あんまり疲れはない。確かに尻は痛いし腰も重たいけど、ぶっ倒れるほどではない。それもこれも…… 「わたしのお陰、ってことですよねっ!」 「あ…… そうだね!」 「ちょっと待ちなさい」 意地悪そうな笑みを浮かべながら、エルコスさんが私の横へ。 「今、言い淀んだのは何ですか? 大人しく白状なさい」 「いや、そんなことはないんだけど……」 うそつき。エルコスさんが迫ってくる。 「怒らないから、答えなさい?」 「うーん…… まあ、秘密にすることでもないからいいか」 私に倒れかかろうとするエルコスさんを押し戻し、私は言葉を紡いだ。 「無理をしないようになった、ってだけなんだよね」 「……え?」 ぬるい赤缶をちびり、とやってから、私は続ける。 「時速10キロで走れるってことは判ったから、そのペースをずっと維持すれば、1時間後に10キロ先にいる計算になる」 「まあ、そうですね……」 「だから、そのペースで走ればいいんだ、って気が付いたんだ」 恐らく、この日本という国において、登り坂だけで30キロも40キロも続く道なんて有り得ない。ならば、ひとつの山に数時間かけてじっくり取り組めばよいのだ。そう判れば、度を越えた頑張りをしなくてもよくなる。



その他にも、キロポストや標高の表示などがあれば、今だいたいどのあたりにいるか予測が立てられる。



「そうやって走るようになってから、峠が面白くなった」 「そうなんですか……」 まあ、もちろん他の要因もあるわけなんだけど。まあ、もちろん口にはしないn…… 「でも、でも! わたしのお陰というのもあるんですよね!」 なんだこの食いつき。珍しいじゃないか。 「ど、どうしたんだ急に!?」 「いや、特に理由とかはないんですけどね…… あっ」 どんがらがっしゃーんっ! 前のめりになっていたエルコスさんが、いきなり私に覆いかぶさるように倒れてきた。回避もできず、私はエルコスさんの下敷きに。 「いてーっ!?」 「ああっ、ゴメンなさいっ!?」 どうにかこうにか這い出つつ、私はエルコスさんを起こす。こんなに精彩を欠いたエルコスさんは、珍しいのではないだろうか。 ただ、まあ…… そういう日もあるのだろう。エルコスさんを立て掛けながら、私は言う。 「大丈夫。そんなに心配しなくても、私たちは一蓮托生だから」 きっと他のマシンでも同じようなことが出来るのだろうけど、今があるのはこのチタンフレームの愛機があるからなのだ。 だから、だからきっと大丈夫。 「精彩を欠いてました。申し訳ありm……」 「いいから」 そう言い聞かせ、この話は終わりにした。 ちなみに、言わなかった他の要因についてだけど、これはエルコスさんが迫ってきたときに言っていた通りなのだ。 クロモリやチタンなどの金属特有の粘り、というか撓りは、低回転で踏んだ時に推進力に変換する割合が大きいような気がする。これは逆に、高回転時に損失となる要素でもあるが、ゆっくりと登坂するようなシチュエイションに於いては、これが大きな意味を持つ。 そもそも、登坂で時速10キロアベレージを達成できるのは、エルコスさんがいたからこそなのだ。



言わねぇよ。あなたのおかげです、なんて。



「とにかく、あんまり疲れないのは、乗り方と、それを受け入れてくれるマシンのおかげ、だってことだ」 「本当にぃぃぃぃ?」 疑い深いなぁ。本当だってば。 そこまで疑うんなら、実際に疑念を晴らすだけだ。私はやおら立ち上がり、エルコスさんに跨った。 「行こう」 えっ!? お気に召さなかったのですか!? そんな表情をしだしたエルコスさんのトップチューブを、私は優しく撫で、 「今言ったことを証明するだけさ。それに、景色は十分楽しんだだろう?」 「え、ええ、まあ……」 「さあ、羅臼まで下りだ。しっかり頼むぞ」 そう言って、私たちは羅臼側に下り始めた。一気に740ダウンだが、きっと大丈夫。なぜなら…… 「行けるよな?」 私の問いかけに、エルコスさんはハッキリ、こう答えた。 「もちろん!」 私の愛機は、完璧だからだから。



登った後のお楽しみ。さあワインディングを楽しもう、ロケット・ユタのように。



こうして私たちは、地の果ての街・羅臼に降り立った。 遠くに国後島を望む小さな街は、思っていた以上に活気に溢れていた。まるで最果ての地であることを感じさせないかのように。 「どうですか大先生、来てよかったですか?」 エルコスさんの問いに、私はさらりと答える。 「聞くまでもないだろう」 ……と。 結果論だが、知床峠を越えて羅臼入りしたのは、正解だった。私はそう思っている。


次の日へ。












TITLE:幕間〜山を登るということ〜
UPDATE:2016/07/24
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