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331:World 9〜クニイチ!〜



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。



本日のルート (powered by Ride With GPS)






イントロです


13:10、エルコスさんを受け取って、まずは復元作業に入る。




「調子はいかが?」
「もう10年ですから。あちこちダメージはありますが、問題のない範囲ですよ」


と、世間話から始まるが、ここは大分空港。考えてみれば、3週間振りの九州だ。





僅かながら薄いクラック状の傷も増えたし、なんらなアチコチからギシギシ音がする。






「そして、これで40都道府県目です」
「あと7県か……」


春先の話だが、色々調べてみたところ、エルコスさんに乗り換えてからの10年で日本のほとんどを走破していることが判明した。

その当時で、残りは9県。そしてアシイチで8県になり、今回で残り7県となった。





実は過去を遡っても、大分はあまり来たことがない(オートバイ時代に2回とか)。






「今回、大分を踏みましたので、九州地方はあと1県となります」
「長崎だよな。あそこ、自転車では走りにくいんだが……」


なお、残りの県を挙げると、岩手、秋田、山形の東北3県。岡山、鳥取の近畿2県。そして長崎県と沖縄県である。




「いずれも高難度だ」
「特に沖縄ですね。どうしましょうか?」


そんな感じでいつもの世間話を続けているうちに、エルコスさんは元通りになった。




「さ、それじゃ行くか」
「まずは別府ですね。R213を下っていきましょう」






今回も安全運転でたのんます。






ロードセクション


今回は、大分県北部の国東半島を一周するルートを引いている。ここの地を舞台にしたロングライドイベントに、ツール・ド・国東というものがあったのだが、2023年の第40回大会を最後に、運営の高齢化を理由に終了となることがアナウンスされた。




「やはりどこも厳しいみたいだ」
「世知辛い話ですね」


ただ、国東半島自体は良質なサイクルルートを有しており、国東市のサイクリングターミナルを起点に、半島全域で魅力的なルートが多々あるという。





どうやらこの先は自転車は通れないらしい。



大分空港道路の交点を左折すると、対向二車線の田舎道があらわれる。杵築方面への下り基調だが、どちらかといえば平坦に近い道だ。




「あ、杵築市に入りましたよ」
「カントリーサインが北海道仕様なんだな」






頑張れば北海道に偽装できなくもない。



時折、周防灘がちらりと姿を見せるR213。このあたりには海水浴場も多いらしい。





なんか見つけた。






「……ハンバーガーのピクトグラムがあったな」
「目敏いですね」


時刻は昼過ぎ。ちょうどよい時間でもあったので、ピクトグラムに誘われて海岸方面へ寄り道する。すると、古民家をリノベーションした、小さなハンバーガー屋をみつけた。





レトロな感じがまたソソる。






「見たらわかるヤツですね」
「これ絶対ウマいヤツだ」


で、折角だからとテイクアウトにして、近くの海岸でメシにしてしまう。





栄養満点の朝飯の代表。






「なんですか?  この画に描いた昼食は」
「実にオシャレだ」


バーガースタンド・マサカノさんは、国道からのピクトグラムだけが頼りの隠れた名店。ハンバーガーは肉汁溢れててたいへんおいしゅうございました。





メニューからしてワクワクが止まらない。






「こりゃいい店をみつけた」
「隠れ家っぽい佇まいもステキじゃないですか」


そんな感じで優雅な昼食を終えて、ふたたび別府方面を目指す。





R213を西へ。



杵築から日出にかけては、緩いアップダウンが連続する丘陵地帯となっている。大分空港道路に往来が流れているためか、交通量は思ったほど多くなく走りやすい。ただ、景色はほとんど住宅街なのだが。




「もうちょっと海沿いを走ったほうがいいのかな?」
「よさそうな道がないみたいです」


どうも、海岸線をトレースする一本道がなく、あっても入り組んでいてロストしやすい感じなのだそう。残念だが、ここはまっすぐ国道を往こう。





R10と合流。



日出の市街で、大分空港道路と合流。そして東九州の幹線であるR10とも合流すると、ふたたび海が見えた。





大きく湾曲しているのがわかる。






「別府湾です」
「割と大きい湾だな」


この別府湾であるが、言い換えればこの大きさが故に、大分空港の利便性を悪くしているといっても過言ではない。もともと大分市内にあった空港を現在の位置に移転させたとき、アクセスの問題が発生したのだ。




「そこでホバークラフトを運行させたりもしたのですが……」
「結局それもなくなっちゃった、と」


ただ、ホバークラフト航路は2024年に復活することが予定されている。つまり、一旦は廃止したものを復活させたいほどに、現状の空港アクセスがよくないのだ。





あと、市街地の渋滞問題とかもあって、結構大変らしい。



実際、陸路ではバスでだいたい1時間以上かかるし、タクシーだともう少し早いが2万円近くする。エルコスさん曰く、空港と大分市街は、「実走距離で50キロある」らしい。




「別府湾を突っ切ったほうが圧倒的に早いのですよ」
「桜島フェリーみたいなもんか」


世間話を進めているうちに、いつしか別府市に入った。





別府市のカントリーサイン。



今日は別府で一泊し、国東半島周回は明日にする。ところで、別府といえば温泉であり、町じゅう至る所に格安で利用できる共同浴場がある。

どこの共同浴場にしようか、一旦作戦を練ろうと思う。すると、ちょうどフェリーターミナルを見つけたので、寄っていくことに。





……この名前、どこかで?






「そういえばここは……」
「5月の時に渡る予定だった場所です」


そうだった。アシイチの後にもう一本走ろうかと考えて、天気予報見て撃沈したアレだ。宇和島運輸の文字を見て思い出したぞ。

愛媛の八幡浜と別府を結ぶ航路を使えば、四国から九州に渡ってクニイチやったあと、最終便でふたたび四国に戻る、なんて荒技も可能である。しかも、別府航路の深夜便は早朝まで船内休憩できるので、一泊分の宿泊費を浮かすことも可能だ。




「しまなみ海道で今治、そこからおよそ100キロで八幡浜、そして……」
「妄想が捗るな」


で、肝心の温泉だが、調べていくうちに、競輪温泉なる文字が。




「なんじゃこれ?」
「あー……  場所からして、競輪場に隣接されてますねこれ」






別府けいりん。



別府市街から少し離れるが、別府競輪場のすぐ横に、公衆浴場があった。





のすぐ隣。同じ敷地内に。



競輪選手専用なのかな?  と思ったがそんなことはなく、普通に利用客がいた。




「これ絶対に競輪帰りに入ってくヤツだ」
「間違いないですね」


で、さっぱりしたら改めて別府市街へ。





別府のランドマークがお出迎え。



時世なのだろう。外国人観光客が多い印象だ。ただ、街全体は賑わっていて、寂しい印象はひとつもない。

せっかくだから、もう一軒、温泉をはしごしていこう。





駅前高等温泉、250円。






「ここは簡易宿泊所も兼ねているようですね」
「ベラボーに安いなぁ」


個室一泊3000円で温泉入り放題である。これなら別府の街散策も楽しめそうだ。




「じゃ、ちょっと入ってくる」
「いってらっしゃいまし」


余談だが、別府大分をベースにしてロングライドを、となると、内陸部をヒルクライムして湯布院を目指したり、あるいは南下して臼杵や佐伯を目指すルートも考えられる。幸い、ジャイアントストアが別府にはあるので、レンタルバイクで散策しても良いだろう。





トラブった時の補給基地としても使えそう。






「さ、それじゃぁ今宵の宿へ」
「行きましょう」






明日は別府駅前からスタート。






C'mon,baby  アメリカ


6:12、別府市街を出発。

国東半島を一周するため、まずは杵築を目指す。そこからR10を北上して宇佐に至り、あとは半島を一周する。




「見てください大先生、陽の出ですよ!」
「天気が良くてホント良かったよ」






薄曇りだった昨日と打って変わって、晴れた。



幸先良さそうな感じを確かめながら、交通量のほとんどない2車線道路を北上していく。日中は結構な交通量を誇る道だが、早朝であれば話は別である。





それにしても、別府湾の際んとこ以外は、基本険しい地形なんだよな。



そして、昨日も通ってきたR213交点で、一旦R10から離脱する。




「調べた感じでは、こちらのほうが勾配緩めで、あと交通量も少なそうです」
「R10は東九州の幹線だから、そうだろうな」


実際のところ、R213の往来はかなり少なく、あっても途中の大分空港道路の分岐までである。

ところで、さきほどのR10からR213に入る交点、そして大分空港道路入口交点の2箇所は、ともに右方向へ直進するために車線を跨ぐ必要がある。特に前者は、時間によっては往来の中を突っ切るような状況もあるので、危ないっちゃあ危ない。




「横断歩道がありました。そちらを利用するとよいでしょう」
「まあ、ここはしょうがない」






なんなら結構な勢いで突っ込んできたりもするので、油断ならない。



昨日通った丘陵のアップダウンを軽くいなしていると、標識に杵築駅の文字が。




「ここを左です」
「駅の方角だね」






このローソンのところを曲がる。



側溝を掃除している中を抜けると、道は下り坂になり、そして左手には日豊本線の線路が見えた。このあたりは高台になっていたようで、線路は鉄橋を使って標高を下げていく。





遠く向こうに駅っぽいのが見える。あれが杵築駅のようだ。






「右に行けば杵築の城下町がありますが、いかがしますか?」
「一旦駅に行ってみよう。そんな遠くなさそうだし」


そして7:13、JR杵築駅着。





武家屋敷を模した駅舎。



杵築市の中心駅で特急も停まる規模だが、市街からはだいたい4〜5キロほど離れており、駅利用者はバスで来るか家から送迎されるか、そんな感じである。





その市街地の方角に、城下町はあるようだ。



思った通り、やはり杵築の城下町を推していた。何でも、他に例がない構造的な特徴を持っているのだとか。




「やっぱり右行っとけばよかったかなぁ」
「後悔してますね」


ただ、駅に寄ったのはあながち失敗ではなかった。駅時刻表を見ると、もうすぐこの駅で、上りの各駅停車と下りの特急が交換するらしい。ということは、





いま、7:15だから……






「大先生!  急いであの鉄橋に戻ってください!」
「え……  あぁ、そういうことか!」


先程通ってきた鉄橋の見えるところまで戻ると、ちょうど踏切の警報音が。




「大先生、写真写真!」
「三脚が間に合わん!  撮ったげるからそこ立ちな!」


こうして撮れたのがコレである。





883系ソニックと遷移金属。



さて、4キロほど東に進むと、杵築の城下町があらわれた。江戸時代の街並みがそのまま残されているが、中でも特徴的なのが、中央の通り部分だけが低く、両脇の武家屋敷は高台にある、ということ。




「通りのところが谷になってるんだ」
「サンドイッチ型城下町、と呼んでいるみたいですね」


この通りの部分には、その当時、商人の街が形成されていたという。





逆に高台部分は荘厳な雰囲気がある。



そんな杵築の城下町だが、その景観に合わせるように着物が似合う歴史的町並みに認定されており、一部有料施設などは、着物姿であれば無料というところも。




「……エルコスさん?」
「ダメですからねー!  それに、どうやって自転車のフレームに着物着せるおつもりで?」


メタいなーwww





こういう感じで案内されてた。



さて、杵築の駅に戻り、そこから道なりに進むと、さきほど別れたR10に合流する。





ここを右折。



そしてすぐに、杵築市に逆戻り。





大字に「山香町」とある。






「ありゃ?」
「僅かな区間でしたが、日出町にいたようです」


杵築駅の先からここまでの区間、ちょうど日出町の突端部分を通っていたようだ。ちなみに杵築市とあるが、2005年までは山香町という自治体であった。これから越える予定の立石峠も、この山香町に存在していた。





ちょうど白ソニに追い抜かれる。



緑豊かな山間の町と案内されるように、のどかな田園風景が周囲に広がっている。鉄路と幹線道路が並んで通っているだけあって、勾配も緩やか。




「峠の標高は約147メートルほどです」
「蒸気機関車時代じゃあ難所だったんだけどな」


その鉄路の難所に挑む、峠の西側に位置する立石駅には8:46着。かつては大きな集落があり、鉄道関係者で賑わっていたという。そのためか、立派な駅舎が残されている。





小倉から複線だった日豊本線は、ここで単線となる。



補機が活躍していた時代は、急行列車も停まっていたという。現在では各駅停車のみが停まる田舎の小駅となってしまった。




「そういえば、駅の構造が不思議ですね。あの線路はなんでしょう?」
「下り線だ。確か峠区間は上下線で離れたところを通ってたはず」






どっか行ってしまうような曲がり方。



1966年に下り線専用のトンネルが峠より少し離れた位置に開通したことで、補機を繋いで通っていた線路は上り線専用となった。そういったこともあり、下り線は大きくカーブしている。

余談だが、立石峠は宇佐側のほうが勾配がきつい。そのため、宇佐駅を出た後、下り線の線路は上り線の線路よりも高い位置を通るようになる。次駅の西屋敷駅ではそれが顕著で、下りホームが一段高い位置にある。




「なるほど、登り勾配を緩和しているのですね!」
「そういうこと」


ちょうど貨物列車が下り線を通っていったが、蒸気機関車時代はそれはそれは大変だったみたいだ。





シルバー塗装の赤い稲妻。



……で、その大変な時代を想起できる場所が、近くにあった。





参道の途中に踏切がある。






「立石天満宮、とありますね」
「おらが村の鎮守様だな」


鳥居の先に、件の日豊本線の線路が見える。かつてはこの参道を跨ぐように、長大編成の列車が往来していたのだろう。そんな鉄道の難所を見守る神様は菅原神といい、エルコスさん曰く「菅原道真のこと」だとか。




「学問の神様です。そもそも、天満宮という社自体が、道真を祀る神社のことを指します」
「なるほどね」


タイミングよく列車が通ればラッキーなのだが、そうでなくても画になる。天満宮を包むように広がる森、その手前に広がる田園と、横切る線路、そして鳥居。




「エルコスさん、何か言いたいことがあるならどうぞ?」
「とりあえず三脚立ててきてください。話はそれからです」






編集中に気づいた。今年はあれだけ暑かったのに、蜻蛉がこんなに舞うように。すっかり秋だ。



さて、立石の集落からR10に復帰し、それからすぐに立石峠。





標高147m。



この峠自体は境界上になく、そこからきつめの下り勾配を駆け降り、先程話題に出た西屋敷駅を通り過ぎ、少し進んだところにカントリーサインがある。





ラブアンドピースを誓い、夢の観方をインスパイアできる場所。









アメリカ上陸!









「まあ、お作法だ」
「中国横断レベルでしょっぱいじゃないですかwww」


ちなみに、そんなしょっぱいネタではあるものの、宇佐市境界付近にはこんな碑が。





国境標、とある。






「このあたりが豊前と豊後の境界になっていたようです」
「つまり、ここから先が豊前国か」


大分県の大部分が豊後国に属していたが、西側のほんの一部、豊前国であった地域がある。そしてこれらは、大分県ではあるものの、割と福岡県との結びつきが強いという。





C'mon,baby  豊前国、宇佐の次は豊前長洲〜♪



さて、その宇佐市であるが、恐らく公式が率先してやってやがる





自治体名を全部大文字で書いてくる清々しさよ。






「これはひどいwww」
「もう鳥居とか目に入って来ない」


そして、特急も停まる宇佐駅。その駅名標は、宇佐神宮を模したものらしいのだが、





なぜその配色とレイアウトにしたのかと小一時間問い詰めたい。









いやこれほぼ国旗www









「遠目に見たら完全にアメリカだwww」
「やってますねぇwww」


そんなアメリカ感がプンプン漂う宇佐であるが、弓矢の武神である八幡神を祀る八幡宮の総本社、宇佐神宮がある街としても知られている。宇佐駅はその最寄りで、ここから3〜4キロくらいの距離だそう。





そういや、駅舎そのものはどことなく寺社を彷彿とさせる。






「行ってみますか?」
「もちろん」


R10を西に進み、9:50宇佐神宮着。





一休さんも頭を悩ます。






「つまり、これは通っていいのか通っちゃいけないのか?」
「押していきましょう」


少し離れた場所に駐輪場を見つけたので、一旦エルコスさんはお休み。




「じゃ、ちょっと参拝してくる」
「お気をつけて」


来訪時、宇佐神宮では令和の大修理が行われていて、上宮西大門と上宮本殿が改修工事に入っていた。工事完了まで2年近くかかるとのこと。





まずは上宮を詣でよう。



宇佐神宮の参拝は、まず上宮を詣でた後、その帰りに下宮を詣でるのが作法とされている。神前に供える食事を炊く竈があったことから、農業や漁業などの産業発展を守る神様がいるとされている。




「なんでも、『下宮参らにゃ片参り』とも云われていたようです」
「そりゃぁ大変だ。ちゃんと詣でておこう」






一応、案内通りに進めば下宮に誘導されるようにはなっている。



そして、上宮、下宮共に御祭神が3神。古儀に倣い、二拝四拍手一拝で参拝する。この作法を取り入れている神社は数少く、特徴的なもの。




「諸説ありますが、四季や方角にまつわるものが多いですね」
「つまり、真の由来は未だわからずじまい、か」


なお、エルコスさん曰く、「わたしの記憶する限り、ここと出雲大社と、新潟の弥彦神社の3つ」が二拝四拍手一拝なのだそう。

普段なかなかこういった立ち寄りをしないので、とても勉強になった。だいぶ時間が経ったが、寄り道して正解だな。




「おかえりなさい。如何でした?」
「悪くなかった。いい勉強になったし」






宇佐神宮の大鳥居。






水かきの付いた足


10:40、宇佐神宮を出発。

このままR10を引き返しても良かったが、一本海側の県道を使えば、豊後高田の街に直接入れるようだ。




「北上して、県道23号を目指してください」
「お、いい景色だ」






ふと右を向くと……



周辺は田園地帯となっているが、ちょうど遠くに山々が見えた。方角的に御許山だろうか。




「我々が通ってきた山ですね。豊前と豊後の境界でもあります」
「予想以上に険しい地形だったんだな」


そして、寄藻川を渡ると、豊後高田市に入った。





アメリカからの脱出。






「そういえば、豊後高田には、昭和の街並みというものがあるそうですが」
「なにそれ。ちょっと行ってみよう」


その昭和の町、こと稲荷商店街は、文字通り昭和時代の雰囲気をつくりだしていた。目の前のボンネットバス含めて





いすゞ・BX141という名機。






「よくここまでやったなぁ」
「良い意味でレトロですね」






新旧が混在しているが、雰囲気が形成されているのは流石だ。



モデルは昭和30年代なのだそうで、過疎化が進み古い建物が改築できず野放し状態にあったのを逆手に取り、町興しとして始めたという。その取組が認められ、現在では約27万人の観光客が訪れるに至った。





このご時世、やはり気になる。






「燃料、やっすwww」
「今と昔では物価が違いますから、単純な比較は……」


で、エルコスさんが試算する。手取り額に対しての燃料1リットルの代金の割合は、昭和37年当時で0.35%。対する2023年の平均値だと、




「およそ0.077%となりました」
「……計算ミスでは?」


まあ、今と昔では税金の額も種類も全く違うし。単純な比較はできないが、こう見ると昔は石油は貴重品だったと思い知らされる。





そう考えるとあの当時は暮らしは豊かではなかったが心は豊かだったんだろう。



さて、昭和の町をぶらついているうちに、時刻は11:20になった。いよいよ国東半島をぐるりと一周する。 ……かと思っていたら、突如現れる豊後高田市のカントリーサイン





……アレ?






「いつの間に豊後高田市から外れてたんだ?」
「いえ、ずっと豊後高田市でしたが?」


気になってUターンしてみたら、そこにあったのは豊後高田市のカントリーサイン





このデザインは先程も見たやつ。






「んんんんんんん?」
「そういえば、デザインも異なりますね」


なんだかよくわからないまま、真玉海岸まで来た。ここは、夕陽の名所なのだそう。




「まあ、夕陽を拝む時間じゃぁないよな」
「そんなことより大先生、写真撮りましょう!」






周防灘を一望できる。なんならベンチで一休みだって。



あと、なんだかよくわからないが、どこでもドアがあった。





青いアイツとともに。






「どこに繋がってるのかな?」
「ただのオブジェクトじゃないですか」






なんで松見大橋に繋がってるんだ、って話(そして実際に繋がる)。









……!?









「大先生、やりましたね?」
「いや、まあ、ついつい編集が捗ってさぁ」


さて、そんな小ネタを挟んだことで、宇佐神宮の八幡様がブチギレたのかは分からないが、ここから道はアップダウンを繰り返すようになる。地形的にはリアス式海岸そのものなのだが、それにしたって起伏が激しい。





その激しさとは裏腹に、ついた愛称は実にハートフル。






「粟嶋公園だってさ。ちょっと寄っていこう」
「だいぶ消耗してますね。少し休みましょう」


周防灘を一望できるこの公園は、縁結びの神様を祀る粟嶋社を見下ろす位置にある。そこから転じて、R213には恋叶ロードという別名が付けられているのだが、





この公園の駐車場にはRVパークが併設されていたのを書き加えておく。






「ピザ、うまそうだな」
「恋路より食い意地ですかwww」


ところで、その粟嶋公園を出た直後、





また豊後高田市。






「どうなってんだこりゃ?」
「……あ、ちょっと待ってください。これはもしかして」


ここでようやく、エルコスさんが真相に気づいた。1954年に市制施行した豊後高田市が、現在の規模となったのは、意外と歴史が浅く2005年のこと。それまでは、真玉町と香々地町というふたつの町が別に存在した。




「やっぱり。旧町の境界の位置と、カントリーサインのあった場所が一致します」
「なるほどね。あのカントリーサインは旧町のものと置き換えたのか」


つまり、今いるのは旧香々地町ということになる。





ようやく謎が解けた。



さて、その旧香々地町もそうだが、登ったかと思えばすぐ下り、谷のような集落を過ぎるとまた登って、みたいな地形が繰り返し現れる。たまに登らずトンネルで抜けるところもあるが。




「ちょっとこのアップダウンは多すぎ」
「あ、でもこれって……」






丘と谷が放射状に続いてるという奇跡の地形。









足?









「いや違う、水かきの付いた足だ」
「河童じゃないんですから」


どう考えても土石流か火砕流が通りましたよー、的な谷が、櫛状に形成されていた。そもそも、国東半島の中心にある両子山が火山であり、その火山活動によって丘陵地が断続的にかつ放射状に続いているようだ。




「これを「開析」というそうです」
「なるほど」






谷形状の道を往く。



そんな水かきの付いた足のような地形をひた走ると、少し長めのトンネルが現れる。新竹田津トンネルだ。




「ここを抜けると国東市、旧国見町になります」
「ちょっと暗いな。テールライトつけるか」






交通量が皆無、というわけでもないので、こういう時はテールライトをつけておこう。



こうして抜けた先にもカントリーサインが。さすがに今度は豊後高田市ではなかった





ようやく国東市へ。



ところで、この都市圏から遠く離れた国見の地域には、なんとフェリーの発着場がある。





竹田津港フェリーターミナル。



スオーナダフェリーは、本州の徳山と竹田津を結ぶ中距離の航路である。ただ、前述のとおりこのターミナルへのアクセスがとても悪い。




「バスかレンタカーですね」
「ハードモードだなwww」


とはいえ、本州から豊後高田や宇佐、大分市街方面に至る最短経路でもあり、一定需要もあってか一日5便の運行が確保されている。





深夜便も運航されるほどだが、昔はもっと運行本数が多かったらしい。



旅程の組み立て方次第で面白いルートは描けそうだが、いかんせん無免許勢には厳しそうだ。




「裏ルート的な使い方だな」
「実際、この航路を使って追跡者を欺いたという事例もあるようです」






かつてこの航路を用いて壮大な鬼ごっこを行い、鬼の目を掻い潜って九州上陸が成されたという事例も。



さて、竹田津港を辞してさらに東に進むと、国見トンネルを抜けた先、伊美という地区に、もう一つフェリーターミナルがあった。





姫島行、とある。






「姫島って、どこ?」
「船で30分くらいで着く小さな島です」


その島全体で姫島村という自治体を形成している。島をぐるりと回ってもおおよそ15キロ強くらいしかない小さな島だが、スオーナダフェリーと異なり、こちらは一日12便も運行されている。なお、現在時刻13:10、次の運行は13:35




「エルコスさん、よだれよだれ!」
「垂れてません!」


時間的にも、規模的にも、フラリ立ち寄って一周して帰ってくるには都合がよすぎるくらい。ならば、まあ、行くよね。




「行かない、という選択s……」
「あるわけないじゃないですか、大先生のイジワル」






フェリーが到着した。



片道運賃は、大人580円に加えてエルコスさんが150円。これくらいで済むのだから、いちいち袋詰めして費用を浮かす必要もないか。




「それにこのフェリーは村営だそうです。少しくらいは売り上げに貢献しないと」
「ごもっとも」






乗った。






島巡り


先述のとおり姫島のサイズ感はとてもお手軽で、釣り客の利用が非常に多いとか。また、便数も豊富なので、島民の往来も活発である。……さすがにギュウギュウ詰めになるほどではないが。




「あっ、動き出しましたよ!」
「おお、意外と速い」


船の中での30分は、冷房の効いた船内でボンヤリ地上波放送を楽しむか、もしくは風景を眺めるかくらいしかすることがないが、何せ乗っている時間が短いので、すぐに姫島の姿が現れ、そして徐々に大きくなっていく。





姫島村の玄関口。






「着きましたね」
「さて、上陸するか」


ところで、上陸はしたものの、我々はどこへ行けばよいのか。何せ、急遽決めたので事前のリサーチは何一つしていない。

エルコスさん曰く、「島の東端に灯台がある」らしいので、そちらに行ってみることに。





村の幹線道路。



県道686を東に進む。雰囲気はどことなく沖縄のような南国感があるが、それに混じって無数の溜池が。




「姫島はクルマエビの養殖が盛んなのだそうです」
「お、ということは昼飯はエビ三昧か!」






思ってた以上に養殖場の面積がでかい。村の一大産業らしい。



なんてウキウキしていたら、島の中央部で軽い登りに出くわす。そういえば今日の風向きは東からで、追い風と相まって進みがよくない。




「もうローまで使い切っちゃおう」
「妥当な判断です」


自分としては珍しく、50×28まで落としてダラダラ登りに掛かる。それがあまりにも珍しすぎたのか、次の瞬間







34×28になったwww









「あぁぁ、申し訳ありません!  勝手に落ちました」
「帰ったらワイヤー調整な」


まあ、軽くなる分には問題ない。そのまま山を一つ越え、陸繋の形状をした稲積の地区を越える。





あの島まで行くらしい。



道の突端は駐車場になっていて、灯台までは徒歩で到達する。




「じゃあちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃいまし」


灯台への小径を進むこと暫し。白塗りの特徴的な灯台はすぐに現れた。





姫島灯台。史書によれば、1605年にはこの灯台が建てられたという。



このあたりは、周防灘と伊予灘の境界付近で、かつ航路の合流地点にもなっているため、船舶の往来が激しい箇所でもある。実際、前回利用した東京九州フェリーも、このあたりを航行していた。

なお、灯台から見える風景には、美しい海に合わせて、必ずどこかに船がいる





周防灘を往来する船々。






「あれは貨物船ですね」
「で、あのちっこいのは漁船か」


さて、灯台を見終わり、戻る道すがら、何やら珍しいものがあるという。





一瞬、目を疑った。そして心の汚れっぷりを実感した。






「「ハートの切り株」は、お姫様の、秘s……   んん!?」
「バカーっ!  そんなこと書いてないじゃないですかーっ!?」


どうやら、台風で倒れた桜の古木を伐採したところ、ハートの形をしていたそうで、姫島に代々伝わる七不思議のひとつとして語り継がれているのだとか。





見事なまでにハート。



エルコスさんのところまで戻り、来た道を引き返す。そういえば、往路の山越え以外にも、ひめしまブルーラインという海沿いの道があり、そちらを通っても港まで戻れるようだ。




「じゃあ今度は海沿いの道だな」
「風向きも変わるので、走りやすくなりますよ」


で、そのブルーラインであるが、丘陵部を迂回するように繋いだ道で、海岸沿いをトレースする平坦な道だった。





豊後高田や国東が大合併する前には、この道は存在してなかったようだ。






「初めからこっちの道通ればよかったかな?」
「まあまあ、いいではないですか」


当然ながら、景色だってこちらのほうが断然良い訳で。




「大先生、写真撮りましょう!」
「好きだねぇ」






遠く向こうには国東半島。6キロ程度しか離れていない。



そんな感じでわちゃわちゃやってるものの、ぶっちゃけまだ1時間も経過してない。お手軽ではあるが、長い時間滞在するとなるとちょっと厳しいか。




「急がずに、のんびりと楽しむのが良いのですよ」
「確かに。……じゃ、メシでも食べるか」


ところが。

日曜日だからなのか、もうすぐ15時を回るからなのか、アテにしていた飲食店はすべて準備中




「やべぇな、一気に難民になった」
「伊美に戻ると、道の駅があったはずです。そこまで我慢ですね」


そんな訳で、15:20のフェリーで国東半島に帰還する。





商店が少ないことは事前に覚悟しておいた方が良い。最悪、食いっぱぐれる。



ところで、姫島の大きさを如実に感じるものが、フェリーターミナルの前に停まっていた。





なんかちっこい乗り物が(これでも2人乗り)。






「なんだこれ?」
「「わ」ナンバーなのでレンタカーのようです。一応、二人乗りみたいですね」


エルコスさん曰く「どうもコレらしい」と。日産自動車が超小型モビリティの実証実験を行った際に登場した電気自動車で、現在では実証実験も終了、車体の販売もしていないとのことだが、航続距離100キロ程度のこいつは、姫島のサイズ感にちょうどよい。

これらは、ターミナル前の姫島エコツーリズムでレンタルできるので、話のタネに利用してみるのもよいだろう。




「まあ、わたしのほうがエコですけどね!(ドヤァ)」
「妬かない妬かない」






滞在1時間強でとんぼ帰り。



こうしてふたたびフェリーで伊美に戻り、少し走って道の駅くにみへ。レストランは閉まっていたが、売店でたこめしとたこ唐揚げが売っていたので、それで昼飯とする。




「案外こういうののほうが美味しいんだよ」
「負け惜しみをwww」






実際、ウマかった。






ホバーの復活


15:58、道の駅くにみを出発。

ふたたび、水かきの付いた足のような地形を登ったり下りたり。思いの外進むのに時間がかかる。





登坂車線が出てくる程度には勾配が急なところも。






「まあ、考えてみればこれくらい起伏があったほうが楽しいのかもな」
「平坦なだけでは、楽しさも半減ですよ」


ただ、そのアップダウンの連続も、旧国東町に入ったくらいのところから雰囲気が変わりだす。左手に伊予灘を望む開けた地形になった。





そして、ローまで入れるような登り勾配もなくなった。






「地形的には谷と丘陵の連続ですが、海沿いの国東市街が平坦で、そこに入りました」
「そういや街っぽい雰囲気も出てきたな」


現在では国東市の中心となっているが、2006年までは国東町というひとつの自治体であった。その中心部に近づくにつれ、住宅も増えてきた。





久しぶりに、街らしい景色に戻ってきた。






「空港まであと10キロほどです」
「ようやく一周か」


国東半島を一周すると、ざっと110キロ程度の距離になるそうだが、今回は寄り道したりして、走行距離はおよそ140キロほどになる見込みだ。




「まあまあ歯ごたえのあるルートだった」
「後半の丘陵地帯が手強かったですね」


その国東市街で、R213は左に折れる箇所がある。その先に道の駅くにさきがあり、そこにはサイクリングターミナルが併設されている。以前は宿泊もできたようだが、現在では観光の拠点として運営している。





時刻は17:11。さすがにもう閉まってた。






「自転車も借りられるようですね」
「ここ起点にして両子山登頂ってプランもあるか」


ちなみに、ここから空港の手前まで、海沿いにサイクリングロードが併設されている。そして、空港までの距離を、1キロ単位で表示もしている。





なお、このルートには仁王輪道という名がつけられている。






「あと5キロ……」
「あ、空港手前が丘陵地になってますので、勢いつけ過ぎないように」


その丘陵地を越えた先に、クルクル回るレーダーが見えた。





大分空港に到着。






「今日の宿は空港の近くですが」
「一旦空港に寄って、荷物を回収しよう」


17:45大分空港に到着。コインロッカーに預けていた荷物を回収し、それでは宿に向かお……





豆腐屋のせがれも攻め込みそうなS字。









なんだこのギャラリーコーナー?









「ホバークラフトの航走路ですよこれ」
「こんなんなってんのか」


先述のとおり、ホバークラフトは2024年に復活する予定になっていて、一部設備は廃止前のものを転用するらしい。ただし、車体そのものは新造するらしく、ちょうどそこに真新しいホバークラフトがあった。





1号艇「Baien」。豊後の三賢・三浦梅園が名の由来だそう。






「これは復活する機体のうちの一つですね」
「どんな乗り味なんだろうか?」


余談だが、空港アクセスを容易にするため、海からの導入部からターミナルまでの間を、当時はドリフト状態で抜けていたという。あのギャラリーコーナーは本物らしい




「復活したら、また来ましょうね」
「だな」






明けて翌日。仕事は午後からなのでのんびりと帰京(言い換えればただいま通勤の最中)。












TITLE:リアス式海岸の逆襲
UPDATE:2023/10/05
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/332_kuniichi/kuniichi.html