幕間〜待ち合わせ〜単行の汽車が、ゆっくりと駅に着きました。 時刻は17時27分を指しています。夕方だけあって、青空も少しオレンジ掛かっていて、照らされる地面もオレンジ色に染まっています。そして、ホームに降り立った大先生は、そんな夕日に照らされるように、仁王立ち…… 「あの、大先生、どちらへ?」 してたかと思ったら、そのまま待合室を抜けて、駅の外へ。 「ノド乾いた」 そう言って、てくてくと駅前通りを歩いていく大先生の姿を、わたしは何も言わずに見送りました。 そして、静かにドアが閉まる…… ことはなく、カタカタカタ…… とアイドリング音を立てて、汽車はホームに停まり続けています。 この汽車の発車は17時42分。つまり、15分ほどこの駅に停まっています。この停車時間の間に、向こうからやってくる汽車を待ち、さらに向こうからやってきて、この駅を高速で通過する特急を待ち、ようやく出発するのです。 ![]() 単線区間の行き違い待ち。 汽車の運転士さんは、手持無沙汰なようで、時折ホームに出て背伸びをしたり、車内を巡回したりしています。 乗客の人たちは、静かに座って出発を待ちます。観光客と思しき方が、汽車をファインダーに納めている以外は、おおむね静かなものです。 「……退屈」 ついつい、一定のリズムで足下から響くエンジンノイズにやられ、わたしはうつらうつらしてしまいました。退屈、とは言いましたが、こののんびり感は決して嫌いではありません。 「もうちょっと走りたかったな」 ま、これも偽らざる本音だったりします。 今日は、厚床駅で輪行したのち、釧路で途中下車して和商市場で勝手丼を所望し、そして釧路発15時25分の汽車に乗って、落合という山間の駅を目指すのです。 実は、この汽車の後に出る特急に乗っても、落合駅には辿り着けるのですが、大先生が和商市場にどうしても寄りたいと駄々をこねたこと、そして、今日で効力が切れる割引切符を使い切りたいと、これまた駄々をこね…… 「人聞きが悪いな」 あら、大先生が帰ってきました。 「それでも走行距離は100キロを超えているんだから、まあいいでしょう?」 「でも、こんなに良い天気、そうそうないですよ?」 そんな会話を続けているうちに、向こうから汽車がやってきて、反対側のホームに停まりました。 先ほどの話ですが、厚床駅で輪行をしない方向であれば、道東の農業地帯を突っ切って、直接釧路駅に向かうというプランがあるのです。勝手丼さえ考えなければ、釧路駅にだいたい16時くらいに着けば、落合方面への終列車に連絡できるのですから。 「そうすれば、軽く200キロは行きましたよ」 「確かに、実現可能なプランではあったなぁ」 と、大先生。 「勿体ないと言えば勿体なかったか」 そう付け加えました。 ![]() 実はこの日の天気はこんなんで、行程中一番の好天だった。 大先生が、たった今買ってきたお茶を一口啜ると、蒼と銀を纏った特急列車が、高速で駆け抜けていきました。 大先生はペットボトルのキャップを閉じると、わたしに言いました。 「ま、次回の宿題としますか」 まるで、諭すかのように。……本当に学校の先生みたいなことを、大先生はサラリと言うのです。 今回が最後の旅ではないのだ、と。やり残したら、もう一度来てやればよい。大先生は、そういう人でした。 大先生が席に座ると同時にドアが閉まり、そして、カタカタカタ…… とリズムを刻んでいたエンジンが、ひときわ大きな咆哮を上げました。 ガッタン。咆哮の力強さとは裏腹に、ゆっくり、ゆっくりと動き出す単行の汽車は、ホームを離れて、西へと走り出しました。 そして、新吉野の駅はふたたび静かになりました。 ![]() 新吉野駅。 6日目へ。 |