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幕間〜黒歴史より向かい風〜


風が吹いていた。しかも、向かい風だ。 いつもよりギアを下げて、できるだけ脚に負担を出さないようにしてはいる。その結果、サイコンの数値は24キロとか、そんなもんだ。 「エルコスさん、魔法……」 「魔法、魔法って、いくらなんでも無理ですよぉ」 さすがの彼女も、相当参っていた。 ここは、道北の最果て、抜海にほど近い海岸線。 その方面の方なら、オロロンライン、とか、道道106号線とかと言えば、一発でわかるほどの有名な路線。稚内と天塩を結ぶこの道道は、日本海沿岸スレスレを走る路線で、もっと南側であれば、およそ60キロに渡ってひたすらまっすぐ、という、自転車であれば気が遠くなりそうになることで有名な道でもある。 そして、ここが、ほぼ高確率で、北から南に向かって風が吹く、ということでも、有名だった。



ほとんど「山」に近い丘陵地帯。



「追い風にしてくれよー」 「わたしにだって、出来ることと出来ないことがあるんです!」 左手には日本海、右手にはサロベツの丘陵地帯。青々と茂る木々は、軒並みこちらに向かって傾いている。 「エルコスさぁん、魔法ー」 私が叫ぶ。そして、エルコスさんは呪文を唱えた。 「バギクロス!」 ぶはっ! 盛大に吹いた。そして、爆笑。 「かまいたち起こしてどーすんのよ!」 「じゃあ、LAKANITO!」 「呼吸できないでしょーが!」 「エアロガ!」 「古いなー」 「フィアフルストーム!」 「今井由香かぁ。懐かしいな」 「マグナムトルネード!」 「をを、長い耳だ」 「竜破斬《ドラグ・スレイブ》!」 「青空文庫ルビとは手の込んだ…… てか、それは風の魔法じゃないな」 「インボーク・『風……』」 「ちょちょちょちょちょちょちょっ!?」 今度は私が慌てた。というか狼狽えた。 「待てって待てって、それはナシ! てか、どこから聞いた!?」 「大先生のハードディスクにありましたけど?」 涼しい顔で、言うエルコスさん。 その最後のやつだけは勘弁してくれ。若気の至りというか、誰もが持ってる黒歴史というか。 「ふふふ。大先生、慌ててますね? 顔が真っ赤d……」 「降参降参! 無茶振りしないでちゃんと漕ぐから!」 勝ち目がない。このままだと、北の最果てで心をグリグリ抉られる。もはや諦めの境地で、私はクランクを回した。 途中、天塩へ向かう旅団とすれ違う。 いかにもな積載の集団だが、向こうは方向的に追い風となる。手を上げて挨拶かわすが、心なしか楽しそうだ。 「いいなぁ、追い風か」 私が言うと、 「大先生、追い風起こしますよぉ。インボーク……」 「わー、やめろーっ!?」 向かい風の中、加速する私。あと、一応補足しておくが、スペル的な問題で、振り仮名ふるなら『インヴォーク』な。 「え、でも大先生のデータを見ると、確かに『インボーク』と……」 「私が悪かったです猛省いたしますぅっ!」 もう全然勝てねえのな。



旅団。今日は天塩辺りまで行くのかな。



向かい風の中をひた走る私とエルコスさん。しかし、速度が出ない、ということに慣れさえすれば、軽い登り坂を登っているのと同じ感覚で走れる。要するに慣れと気分の問題で、向かい風に拒絶反応を示すのは、イメージとの乖離が原因なのだろう、と分析する。どちらかといえば肉体疲労よりかはメンタル疲労だし。つまり、ここは峠道なのだ。そう思えば良い…… 「……あ」 「本当に峠道に来ましたね」 目の前には、野寒布岬を経由して稚内市街へ至る道道254号線と、丘陵地帯を越えて稚内市街へと至る道道106号線の、交差点が。最後の最後で登り坂。しかし、迂回すれば距離は増えるが平坦な道。 「……大先生、どうしますか?」 エルコスさんが聞いてきた。意地悪そうな笑みを浮かべながら。 だから私も、それに答えた。不敵な笑みを浮かべて。 「聞くまでもないだろう?」 次の瞬間、インナーギアにチェーンが落ちた。街まで、もうちょっとだ。



さあ山に登るぜ。






次の日へ。












TITLE:幕間〜黒歴史より向かい風〜
UPDATE:2015/09/15
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