2012年版ガイドライン 実地踏査シリーズ スキー百本勝負 ほぼ月刊動画工房 ステキなダムn選 トップページ 用語辞典       


369:おゆい市中引廻しの巻#02



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。


【クイックリンク】

第1の選択
第2の選択
第3の選択  


第4の選択
第5の選択
最後の選択
日本橋の今昔





本日のルート (powered by Ride With GPS)






第1の選択


某月某日という名の天皇誕生日の早朝、我々は日本橋にいた。





この時期に日本橋、ということは……






「今日はおゆい回です」
「恒例行事にしようとしてますね?」


思えば昨年の同じくらいの時期に、遠出ができない状況で少しでも遊べる方法はないかと、ネタストックから引っ張り出した体のいい都内散策コンテンツ。すっかり味を占めて第二回の開催と相成った。




「今年こそはいいツモ引きたい」
「フラグの匂いしかしないのですがwww」






起終点を日本橋にしているのは、主人公たちの通う学校名が日本橋学園だからで、原標ほぼ関係ない。



サラッとレギュレーションを説明すると、行先を示したカードを引いて、その場所に移動して……  これを7回繰り返して日本橋に戻ってくるのが目的である。そして、ルート選定に際してはスマホの使用を禁止とする。当然、エルコスさんのアシストも禁止、なのだが……




「エルコスさん、おしゃべりだからなぁ」
「つい勢いがつきすぎてwww」






カードは新しく作り直した。



補足すると、次のチェックポイントの途中に別のチェックポイントがあったとしてもスルーしなければならず、ツモ運に恵まれないと来た道を引き返すという珍事が発生する。




「それでは第1の選択です」
「何が出るかな、何が出るかな……」






Searchin'forの人。






「千石か」
「あまり遠くない場所が出ましたね」


エルコスさんの言うとおり、中央通りを北上して秋葉原に出て、神田明神脇を通ってR17沿いに走ればいい。良ツモに恵まれそうな予感がする。




「じゃあ、往くか」
「はい!」


……で、中央通りを北上し、我々は千石に着いた。











千石といえばここだよね。






ちげぇよ。









「ぜ、ぜったい……  ぜったいやるっておもったwww」
「もっと笑ってもいいんだぜ?」






秋月と千石は我らのオアシス。



そういえば、追加ルールというほどでもないのだが、なるべく同じルートを通らないようにすることを意識している。「なるべく」とあるのは、ある一部の区間でこちらの知識不足(単に道を知らない)でどうやってもルート被りが避けられないから。

なので、今回は昌平橋、不忍通りを経て根津まで出てから、東大脇を登ればいいかなぁ、くらいで考えていたのだけれど、





そういえば今は梅の季節だな。






「湯島天神で梅まつりが開かれているようです」
「あ、そっちもいいな」


確か、前回は春日通りは使っていなかったはず。天神下を左折して、本郷三丁目でR17に出てしまおう。





ちょっと白飛びしちまった。白梅なのに……






「見てください大先生、梅が咲いてますよ!」
「白梅なんだな」


梅の名所として知られる湯島天神は、正式には湯島天満宮という。その名からわかる通り、学問の神様である菅原道真を祀っている。そのためか、受験シーズンともなれば受験生で賑わうそうだ。




「朝早いから静かだな」
「そういえば、まだ8時過ぎでした」






昔はこの坂道を路面電車が通っていたらしい。



坂を登り切り、本郷三丁目を右折。ここからは前回のルートと被る区間。




「白山通りと不忍通りと本郷通りくらいしか知らない」
「縦のルートが絞られてしまいますね」


高崎屋のある本郷追分を直進して、不忍通りから回り込んでみる。この本郷追分という名前は交点の正式名称ではない





信号機を見ると、確かに交点名が掲げられていない。






「そもそも交点の名称が設定されていないようです」
「手前の言問通りには本郷弥生って名前がついてるのにな」


現在では、都道455号が附番されている本郷通り上に、バス停の名前として本郷追分の名が残されている。




「ありましたよ」
「ちょっと離れてるんだよな」






都バスの停留所。



さて、上富士前交点を左折して、第1チェックの千石緑地には8:31着。




「ちょっと迷った」
「目印がないからわかりにくいですね」






セブンイレブンの1個先、明化小入口交点を曲がる。






第2の選択


来訪したときは緑地の整備期間中で、作業が始まる9時を過ぎていたら中に入れなかったようだ。




「すごい偶然」
「運も上向いているみたいですね」






時期によってはもっと生い茂っているらしい。



そんな訳で、第2回の抽選。ここからだと、飛鳥山か小石川あたりが近くてよいのだが……




「またそういうこと言ってるとですね……」
「今日はツイてるはずだから!」






もんじゃ屋さん。









後藤。






「微妙だなぁ」
「さほど遠くないから、良いではないですか」


どうやって月島まで往くかだが、不忍通りを戻って秋葉原を抜けt……





この景色を今日これから何度も見るハメに。






「また秋葉原通過?」
「それどころか、日本橋も通過ですね」


それならば、白山通りを南下して皇居内堀まで出て、銀座を抜けてしまおうか。





白山通りを南下。



白山通りには、自転車専用のナビレーンが整備されていて、路駐する自動車はナビレーンを塞がないような配慮がなされている。理論上は自転車が走りやすい道、なのだが……




「たまにシカトぶっこいて道塞ぐ車両があるんだよ」
「油断禁物ですよ」






東京ドームができる前、ここには競輪場があった。



……で、後楽園を通過




「す、鈴ちゃんが!  鈴ちゃんがっ!」
「ズルはダメですよーw」


チェックポイントが設定されている小石川後楽園を華麗にスルーして内堀通りに出ると、何やら物々しい検問が敷かれているではないか。





歩道すら閉鎖。






「あ、大先生アレですよ。今日は……」
「天皇誕生日だった」


出撃日は2月23日で、誕生日に伴う一般参賀が行われており、検問はそれに対応するものだった。




「日比谷通りに迂回しましょう」
「一本隣だな」






大賑わい。



このあたりは通りが格子状に組まれていて、どこかが通れなくても迂回するのが容易である。そんな道すがら、エルコスさんが面白いことを教えてくれた。




「平成天皇と令和天皇、このふたつは存在しません」
「え!?  じゃあこの天皇って……」


エルコスさん曰く、元号と「天皇」を掛け合わせた呼び名は、その天皇が崩御した後に次代より贈られる追号であるそうだ。




「従って、まだ存命であるお二方に対しては、この呼称は用いられないのです」
「言われてみれば、『平成の天皇』みたいな言い回ししてるな」


そして、必ずしも元号+天皇でなければならないというルールもないらしく、その時の天皇がどのような追号を贈るかは、割と自由らしい。





銀座まで来た。



とはいえ、いざそういう状況になった時は、きっと色々モメるんだろうなぁ……  なんて思いながら走っていると、何やら足元からパキパキ聞こえだす




「クランク緩んだかなぁ?」
「結構ちゃんと締めたと思いますが……」


トルクを掛けて踏み込んだ時に症状が出るようで、巡行時は聞こえてこない。とりあえず騙し騙し乗って誤魔化そうか。





行程の途中にある数寄屋橋交番。この待ち針エピソードも調べてみると面白い。






「あ、もうすぐ着きますよ」
「これで2つ目、と……」






ハリー・ワード・レオナード先生のところは今日はパス。時間が早すぎた。






第3の選択


9:18、月島もんじゃストリート着。





数多くの有名店が立ち並ぶ。



今や月島は一大観光地となってしまったが、もともとこのあたりは埋め立てて造られた場所。この地にもんじゃ文化が根付くのは明治時代以降である。




「前回は混んでたので立ち寄らなかった訳ですが……」
「今回は早すぎて店が開いてねぇ」






開店準備中の店しかなくて。



それに、小麦粉を水で溶いたものが1000円以上するし、そもそもエルコスさんを停めておく場所もない。前回ここに寄らなかった理由はそれなりにあった。




「では、サクッと引いてしまおう」
「次が3回目の抽選になります」


月島からなら、どこ引いてもだいたい距離は一緒なはず。強いて言えば飛鳥山と内藤新宿がちょっと遠くて少し登るくらいか。




「小石川じゃなければどこでも」
「さすがに心が折れちゃいますね」






……………………!!!?









鈴ちゃん。









「オオォォォォオォィイイィッ!?」
ドンドン!「wwwwwwwwwwwwwwwwww(ブホッ)」


先述の通り、できるだけ違う道を通るようにルーティングするのだが、結局……





さっきも見たなこの景色。






「秋葉原ですねぇwww」
「秋葉原から逃れられないwww」


秋葉原から外堀通りを経て、水道橋に戻ってきたのが10:02。小石川後楽園には東口と西口があるが、今回は東口前でチェックすることに。




「振り回されとる。振り回されとるよぉ」
「あー笑ったぁぁぁぁwww」






東口のほうが駅から近いというメリットがある。






第4の選択






小石川後楽園の由来が書かれていた。



ここから折り返しとなるが、残ったカードは4枚。飛鳥山は丘越えになるし、谷中はさらに谷まで越える。そういう意味では外堀通り1本で往ける内藤新宿が最適か。




「そういう皮算用引いてると、一番遠い小塚原を引きますよ?」
「もうええて!?」


で、引いたカードがこちら。





こちさまじこ。






「飛鳥山ですね」
「まあまあかな?」


小石川→飛鳥山の組合せは前回もあった。あのときは白山通りで巣鴨まで行き、明治通りで飛鳥山だった。さて、今回はどうしようか?




「結局、本郷通りかな?」
「他にルートはなさそうですね」


ないことはないが、遠回りになったり既出ルートだったり谷に降りたりでちょうどいい道がない(もしくは知らない)。結果、本日2回目の本郷通りである。





壱岐坂を登って武蔵野台地の上に出る。



本郷追分から先は日光御成街道沿いに駒込を目指す。歴史上では江戸時代の五街道と同様の整備がなされ、将軍の日光参詣に用いられた重要な道ということもあって、むしろR17よりも立派なつくりをしている。





交点近くに説明書きがあった。






「その当時は、岩槻で投宿するのが通例だったそうです」
「岩槻街道の別名はそれが由来か」


この岩槻街道はこの先、駒込、西ヶ原、赤羽岩淵を経て荒川を渡る。飛鳥山はその途中にあるのだが、その道すがら六義園という庭園をみつけた。





こちらは染井門で、入口は正門の1箇所。つまり、入れない。






「9つある都立の庭園のうちのひとつですね」
「むしろ9つもあったことを知らなかった」


当時、将軍家の鷹狩り場だったこの地を、徳川綱吉の家臣、柳沢吉保の手によって庭園化したのが六義園の由来とのこと。3月末頃にはすだれ桜が見頃となるらしい。




「周りがコンクリートジャングル過ぎて想像できない」
「今昔の差の大きさがわかりますね」






すぐ隣は雑居ビルだしね。



ただ、この辺りが自然豊かな地域である片鱗はあちこちにあるようで、




「ちょっと通りから外れてみませんか?」
「この斜めの道?」






本郷通りを一旦外れて左側の道へ。



染井通りと名付けられたまっすぐな道を進んでいくと、割と規模大きい霊園にぶつかった。都内に8カ所ある都立霊園のうちのひとつ、染井霊園である。





墓地ではあるが、雰囲気は決して悪くない。



ところで、この周辺の施設の名称に、やたらと桜に関連する語が付されているのに気付いた。




「これ、ソメイヨシノと関連ある?」
「流石です。ソメイヨシノの発祥の地とも言われています」


その昔、このあたりは染井村と呼ばれていて、ここに住んでいた植木屋が奈良の吉野山に咲く桜の名に肖って命名したという説がある。先述の六義園にも結び付くが、このあたりは大名家の庭園を管理する庭師が多く住んでいた地域なのだそう。





霊園の手前にあるスーパー銭湯にも「SAKURA」が。






「ここも桜の季節になると、見応えがあるそうです」
「六義園と併せるのも面白そうだな」


染井霊園を突っ切り、西ヶ原の裏道をクネクネ通っていくと、都電の踏切を渡る。飛鳥山はもうすぐだ。





話は変わるが、花粉飛びまくってて口の中が粉っぽくなってきた。






第5の選択


10:42、飛鳥山公園に到着。





一般参賀とは違う客層で大賑わい。



いつも通り、D51が静態保存されている広場まで登り、そこでチェック。





子供たちに乗っ取られた都電車両(静態保存中)。









賑やかだな。









「2月にしては暖かいから、公園遊びも捗るのでしょう」
「子供のパワーに圧倒される」


色々意見はあるだろうが、天気のいい日くらいはこうやって外で元気に走り回っている方が健康的でいいとは思う。





D51のほうも占領中。鉄道オタクの英才教育だな。



それでは5回目の抽選といこう。




「内藤新宿、谷中、小塚原の3択ですね」
「このメンツだと、どれでもいいかな?」


とは言ったものの、飛鳥山→谷中は前回も引いた出目。どうせなら違う目がいい。





晶っちん。






「晶さんが出ました」
「明治通りまっすぐコースだ」


新宿御苑は明治通りとR20の交点付近にあるので、道に迷うことはないだろう。ちょっと物足りない感はあるが。





交通の往来や路駐も多いんだよね……






「それでは少し寄り道してみましょう」
「どこに?」


上池袋で明治通りを外れ、細路地を経由してR254へ。そこからサンシャイン方面に曲がると、





池袋のアニメイト。






「乙女ロードです」
「ここもすっかり様変わりしたなぁ」


女性アニメファン向けの店舗が増えてきた2000年頃から、このあたりの雰囲気はガラリと変わり、東急ハンズとアムラックスに通い詰めた身としては、ちょっと足を踏み入れ難い感じがしている。




「もはやワイズロードくらいしか用事がない」
「東急ハンズが閉店したのが大きいですね」


そんな若者の雰囲気に包まれた東池袋を突き抜け、雑司ヶ谷まで来ると雰囲気が変わる。





通りから一本中に入ると、そこは庶民の雰囲気。






「このあたりは住宅街ですし、寺社も多く点在しています」
「古い建物も多いみたいだ」


安産の御利益がある鬼子母神も、この雑司ヶ谷にある。目白通りから入る南側ルートが表参道だが、明治通りから入る西参道という道もあり、ちょうど通り道だったので寄ってみる。





西参道は裏口にあたるらしい。随分と人気がないなと思っていたが……






「賑わってるな」
「イベントの参加者も多いみたいですよ」


どうやら東京メトロの謎解きイベントが開催されているらしく、まあまあな人が同じブックレットを持っていた。ちょっと混雑気味だったので、遠くからお祈りしておく。





鬼子母神は正式な名前ではなく、正しくは法明寺にある鬼子母神堂ということらしい。






「面白いつくりだな。参道を都電の線路が突っ切ってるのか」
「しかも線路の両側で分断されていないのですよ」


表参道を使えば目白通りに抜けられるようなので、線路を渡り、レトロ感溢れる商店街を抜けることにした。どうやらこの近くに、自転車界隈ではつとに知られているのぞき坂という激坂があるらしいのだが、




「激坂は好きじゃない」
「こっちからだと下りですよ?」






その下り勾配がまあまあ急。



表参道からそのまま直進し、宿坂方向へ。こちらは勾配が比較的マイルドになっている。なお、この道自体は高田馬場から雑司ヶ谷へと抜ける街道筋だったようで、坂の途中にある金乗院の山門付近に詳細が掲げられていた。





狸や狐が人を化かしていたという伝承が残っているらしい。






「目白の不動明王が祀られてるんだな」
「五色不動の一体ですね」


江戸時代にあったとされる伝説で、白、黒、赤、青、黄の五色にまつわる不動明王が、江戸に災いが降りかからぬように結界を張っていたと伝えられている。……のだけど、




「後の研究結果で、五色不動が江戸時代に存在したかどうか、意見が分かれているようです」
「なんだそれ?」


あくまで噂話とか伝説とかそういうレベルで認知はされていたものの、「五色不動」の名が世に登場したのは、それより後の明治時代くらいなのだとか。とはいえ、まったくの創作という訳ではなく、現在の目白と目黒の両地名は、この五色不動が由来となっている。




「ちなみに、おゆいの劇中でも語られていますね」
「なんか判るわぁ。ネタにするには持ってこいな内容だもの」






DVDで見返してみたら、第9話で触れられていた。



さて、そんな世間話をしているうちに、いつしか新宿御苑前の交点に到着。





なんか新しい道が出来てる。



百貨店沿いを通る上に交点の間隔が狭い旧道に代わり、東側をバイパスする道が出来たのが2022年。それに伴って、御苑の新宿門周辺も綺麗に整備された。





そういや動線が変わったな(昔は初台方面の道が明治通りだった)。



内藤新宿は現在の新宿二丁目周辺にあったし、地名としての内藤町の大半は新宿御苑が占めているので、新宿門前をチェックポイントということにする。




「あと2つ!」
「谷中と、小塚原ですね!」






正式な正門ではないのだが、駅からのアクセスが最適。






最後の選択


第6回抽選であるが、ここで引かなかったほうが最終チェックとなる。




「この2つだと、正直どっちでもいいかなぁ」
「前回は谷中が最終チェックでしたから、小塚原を最後に持っていきたいですね」






生徒会長が出たぜ。



どうやらe……        つうじてうまいこといった




「今、『エルコスの祈り』って言いかけましたね?」
「自ら韻を踏みに行ったwww」


これで第6チェックが谷中、最終第7チェックが小塚原ということになった。谷中へは不忍通りか、もしくは上野公園を突っ切ればよいのだが、つまり……





おや、あのアーチ橋は……(松住町架道橋という名前があると初めて知った)









またアキバ通過。









「どこかで見た光景www」
「本日3回目のアキバです」


古本とスポーツの街・神保町を抜け、中山道に古くから架橋されている昌平橋を渡り、不忍池のほとりを周回し、俗に谷根千と呼ばれるエリアに着いたのが12:54。古き良き街並みが残るこの地もまた、昔からの寺社仏閣が多く残るエリアとなっている。また、古民家をリノベーションして店舗にしているところが多く、レトロな佇まいが広がっている。





昔ながらの商店街。






「ちょっと賑やかですが、のんびりしてますね」
「これくらいが丁度いいんだよ」


なんなら、総菜屋でちょこっとアテを買い込んで歩き呑みするのに最適な雰囲気だったりする。





こういうのがいいんだよ!






「もうゴールしt……」
「26年経ってもなお擦り続けるおつもりですねwww」


ところで、不忍通りは谷底を走るような線型をしており、通りを右左折しようものならどちらにしても例外なく登る。谷中霊園方面へは団子坂下交点を右折して三崎坂通りに入るのだが、当然のように登り勾配だ。




「これがあるから小石川と谷中の相互移動はイヤだったんだ」
「登って降りて、また登りますからね」






このあたりは武蔵野台地が開析状になっていて、その高低差がまあまあエグい。



ともあれ、谷中霊園には12:57着。これで残るは小塚原刑場のある南千住だけだ。





残ったのは小塚原。今回の出目は5-1-4-2-6-3-7で確定。



ルーティングとしては、適当に走って明治通りまで出て、千住間道を抜ければ良さそうなのだけれど……





もう一ヶ月もすると桜が見頃らしい。






「谷中霊園、自転車なら日暮里駅まで抜けられたかと思いますが」
「そういやそうだった」


東京メトロ千代田線の千駄木か根津あたりが谷中霊園の最寄り駅と思われがちだが、実はJR日暮里駅からもアクセスできる。商店街に続く階段があることでお馴染みの谷中銀座へも、実は日暮里駅からのアクセスが便利だったりする。





最深部。この先の階段を降りると日暮里駅に至る。






「抜けられそうだ」
「ちょっとした隠しルートです」


谷中霊園も先日の染井霊園と同じく都営の施設であり、園内は自由に往来できる。最深部の階段を降り、日暮里駅まで出ると、繊維街を貫く日暮里中央通りを経て、三ノ輪まで一直線でつながる。よくよく考えてみたら、たぶんこれが一番早いルートだろう。




「このあたりの地理に明るくてよかった」
「入り組み過ぎてるのですよ、荒川区全体が」


何せ、震災レベルの地震で全壊する可能性が極めて高いエリアで埋め尽くされている。区画の整理だって古いままだ。





自作レイヤー勢御用達の街。



防災の面では大問題ではあるが、それでも荒川区域は古き良き街並みがあちこちに残されていて、散策するには最適な街である。都電荒川線の終端である三ノ輪橋停留所のあたりも、





考えてみたら都電荒川線のほぼほぼ両端をシバいてたな。






「ここは駅前を改修したんだった」
「それを抜きにしても、良い感じの商店街がありますね」


商店街の名前はジョイフル三ノ輪といい、1919年に開かれた地元特化の商店街である。そのレトロな雰囲気を当てこんで結構な頻度でドラマのロケなどに活用されたりもしている。





平日休日問わず毎日賑やか。






「客層も、地元のおじちゃんやおばちゃんが多い感じ」
「でも、このあたりにも大きめのスーパーがありますよね?」


そこはこの周辺地域の特殊性もあるのだと思う。この商店街でだいたい何でも揃うし、馴染みの店には知った顔も多くいる。若い頃からこの地に住んでいた層にとっては、ここが一番落ち着くのだろう。

街と商店街が、共に歴史を刻んでいるという訳である。





余談だが、停留所名になっている三ノ輪橋は、今でいうとトイ・ボックスの前らへんにあったらしい。






「大先生ストップ!  何かありますよ!」
「井戸がある!」


歴史の話に絡むが、南千住一帯はかつて地下水を生活用水に活用していた時代があり、住宅街の片隅に現役で水が出る井戸がある。





丁字路の中心に置かれているというのも味わい深い。



さすがに飲み水としては使っていないだろうが、かつてはここで水汲みをしていたのだろう。




「井戸端会議の語源は、桶に水を溜める間の雑談と言われています」
「確かに!」


さて、最終チェックのJR南千住駅に着いたのは13:29。





芭蕉しゃんと。



そして、小塚原刑場の刑死者を弔っている小塚原回向院へ。





前回ここでエルコスさんは笑い死にしかけた。



ただ、実際に刑場があったのは延命寺とされている。これは、もともとあった回向院が、JR常磐線の敷設工事に際して南北に分断され、南側が延命寺として独立したことが理由とされている。刑場跡が回向院の南側にあったため、このような状況になっているそうだ。




「で、延命寺は?」
「あそこです」


常磐線が分断し、その南側。……これだけ聞くとついついJR貨物の線路を越えてしまいそうになるが、実際にはそんなことはなく、その線路の手前、ロータリーの脇くらいに延命寺はある。我々はまんまとだまされた





対岸に渡って地図を見て、だまされたことに気付いた。






「油断しました」
「こりゃ確かに間違えるわ」


なお、小塚原刑場で刑死した罪人を弔う首切り地蔵が鎮座しており、見学が自由にできるそうだ。





今度ゆっくり見に来よう。拠点から近いし。






日本橋の今昔


あとは日本橋に戻ってフィニッシュとなる。1年ぶりの都内散策ではあったが、大都会と呼ばれる東京都心にはまだまだ掘れる要素が沢山ありそうだ。




「まだ掘られるのですか?  それでは、あそこも……」
「そうだった」


3回目の抽選で月島から小石川に向かう途中、水天宮前を通過した。先程通過したときにエルコスさんと「帰りに寄るか」って話になったのだった。





都心の中心にあるので違和感が半端ない。






「元々は九州の久留米に縁がある寺社のようです」
「で、江戸に魂を分けたのね」


この場所に水天宮が建ったのが1872年頃。久留米藩有馬家の中屋敷があったこの地に移転し、そこからおおよそ200年近く、ここに居を構えているという。その当時、この周辺は問屋が多く立ち並ぶ商業地帯であったそうで、まさか200年後にコンクリートジャングルに囲まれるなどと想像しただろうか。





提灯がなければオフィスビルに見えなくもない。






「周囲が再開発したのに併せて、寺社も近代的なつくりになりました」
「入口だけ見ると、ここが神社と気付かないかもしれん」


そんな水天宮だが、安産や子守りの神様が祀られている。家族連れの参詣者が多かったのは、そういうことらしい。




「七五三の時期ではないと思うけど……」
「願掛けや礼参りなどで参詣しているようです」






ご利益とは無縁な生活を送ってはいるがねぇ……



簡単にお参りを済ませてから出発。日本橋は目と鼻の先である。




「ところでパキパキいってるの、大丈夫そう?」
「正直、気持ち悪いです」


そりゃそうだ。帰ったらメンテするからもう少し頑張っておくれ。





日本橋が見えてきた。



さて、スタート時とは打って変わって人で賑わう日本橋には14:28着。走破距離は69.1キロとなった。




「ちなみに前回よりも1キロほど伸びています」
「ツモ運がいいと思ってたんだけどなぁ」






とはいえ、おっさんと遷移金属の共通見解は、「ツモ運は、悪い方が楽しい」だった。



最後になるが、日本橋にある道路原票がある場所の対岸にも、何やら碑があることに気づく。




「行ってみますか?」
「もちろん」


そこには日本橋魚河岸跡と書かれた案内板があった。関東大震災後に機能をまとめた築地市場ができる前、魚介の取扱はこの場所で行われていたとある。





道路原標と打って変わって、来訪者もおらずひっそりとしていた。






「つまり、あの辺で水揚げを……」
「全然想像できないわ」






ホントに想像できないが、案内板に拠ればこのあたりに魚河岸があったようだ。



現在、日本橋の上を通る首都高速の高架は、近い将来地下化されることとなっている。もしかしたらその頃には、往時の景色がちょこっとだけでも復元されるのかもしれない。




「それまで生きていられるかが問題なんよ」
「明日から暴飲暴食と飲酒禁止ですからね!」






帰りも秋葉原を通過するハメに(この画像自体はスタート前に撮ったやつ)。












TITLE:引きずり回され。
UPDATE:2026/03/01
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/369_oyui/oyui.html