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350:ヤマイドウ19〜宗谷ベスト#02〜



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。



本日のルート (powered by Ride With GPS)






往くか、それとも往くまいか。



今日はなんとなく東からの風が強い日だった。





オロロンラインを南下して向かう先は……



とりあえず、豊富駅近くの丸勝亭という食堂が出すカツ丼がヤヴァイ、ということで、どんなもんか試しにやってきた。





この迫力よ。






「ぶ厚っ!?」
「それだけじゃない。すごいジューシーだ」


昨今の諸々で1400円に値上がりしていたが、試しにと訪れて正解だった。店の雰囲気は、街に一軒はあるような大衆食堂で、決して観光客に向けた店ではないが、いつかまた来訪したときには寄ってみようと思う。





R40沿いにあるが駐車場がなかったので、エルコスさんで来た。



で、その後は何をするわけでもなく道北を彷徨い続け、かつて一晩明かしたこうほねの家で今回も一泊することにした。

北海道滞在も残すところあと2日。そろそろ苫小牧方面に戻り始めなければならないのだけれど、その前に最北端の地で済ませなければならない案件が残っていた。




「まだスタンプを回収されてませんね」
「そうだった」






公式も無茶苦茶であることを認識してる。



さんふらわあからの狂気のクエストをクリアするために必要なスタンプラリーのうち、宗谷岬のスタンプが未回収だった。




「北海道航路のスタンプは、帰りの船内で取るから問題ないんだが」
「宗谷岬まで取りにいかなければいけませんね」


ただ、天気がすぐれない。「北海道の天気予報はアテにならない」とはいったものの、明日は曇り予報だし、道北周辺の風向きに至っては東からの強い風とのこと。




「大先生、わたしのことはいいですから、運搬車で往きませんか?」
「うーん……」


エルコスさんはこう言ってるが、絶対に遠慮してるのは長いつきあいで分かる。だが、明日は天気が悪い……  の前に風向きが最悪だ。稚内から宗谷岬までの30キロ区間、強烈な向かい風と格闘しなければならない。

確かに、クルマでサクッと取りに行ってしまった方が楽、なんだけど……





そうはいっても、ねぇ。






「エルコスさん、チップを弾むから……」
「きっとそう言うと思ってました」





胸騒ぎと達観と。



5:32、こうほねの家を出発。





道道811を勇知方面へ。



ヤマイドウ12の時に通った道を逆走するように、一旦鬼志別に抜ける作戦を立てた。この区間は稚内市と猿払村の境界付近が丘陵部になっているが、どうせ登りなんて速度は出ないし風向きに関係なく疲れる訳で、




「こうすれば、向かい風の区間を最小限に抑えられます」
「鬼志別から先は、微妙に北西に進むんだよな」


恐らくR238まで出てしまえば、追い風、とまではいかなくとも向かい風をモロ喰らいすることはない。……と信じたい。

で、道道811を西に進み始めてすぐ、




「……胸騒ぎがする」
「どうなさいました!?」






なーんか、イヤな予感が……



言語化できない不安に駆られ、一旦運搬車に戻る。そして、たぶん大丈夫だろうとタカをくくって置いていきかけたポンチョをサドルバッグに突っ込んだ。




「持って行かないつもりだったのですか!?」
「そのつもりだったんだけど……」


まあ、使わなければ使わなかったということで、お守り代わりに持っていこうと思う。





後にこれが盛大なフラグとなった。



それでは改めて、道道811、510、616と乗り継ぎ、R40を目指す。




「薄暗いですね……」
「野生動物が飛び出して来そうな雰囲気だよな」






そろそろ稚内発の一番列車が通るはずだが。



宗谷本線の踏切を渡り、道道616を左折。兜沼公園をかわしていく。




「R40に変わった道がある」
「パーキングシェルターでしょうか?」


R40交点まで来たので、ここを右折。すると、本道の他に側道があり、自転車はそちらに誘導された。





そもそも本道が通行禁止だった。






「どうやらこの区間、歩行者や自転車は本道を通れないらしい」
「それで並走する側道に逃がしているのですね」


恐らく大型車の往来が激しいのでそういうふうにしているのだと思うが、側道も思ったほど走りにくくはなく、むしろ交通量がほとんどないので有難いくらいだ。





整備状態はすこぶる良好。






「あの「1」って何だろ?」
「サイクルルート北海道のルート番号ですね」


旭川からR40沿いに稚内まで続く、通称きた北海道ルートに1が付番されている。道道106やエサヌカ線など、道北には魅力的な道が多数あるのだが、サイクルルートとしてはR40が推奨されている。





このサイズのは初めて見た。






「補給箇所、休憩スポットが豊富だからではないでしょうか」
「言われてみればそんな気がする」


開源のパーキングシェルターで小休止した後は、道道138で沼川を目指す。





シェルターにはトイレと自販機の他、サイクルラックも完備されていた。



道道138に入ったあたりで、向かい風の雰囲気を強く感じるようになった。予報では、東からの風の最大風速は7m近くなるのだとか。





今日は無理しないと決めたので、時々撮影タイムを挟んでいく。






「まだ全然アウトってほどじゃぁないんだけど……」
「日中になれば、さらに風が強くなる予報です」


とっとと海沿いまで逃げ切りたいところ。点在する牧場を脇目に、沼川に着いたのが7:08。





小さな集落。



早朝すぎて商店が開いてそうな雰囲気はゼロだが、時間帯が合えばここが丘陵越えの中継基地となる。このまま道道138を進んでいこう。





集落をちょっと南に進んだ先で左折。ここから登り区間になる。



ところが、




「路面が湿りだした」
「先ほどまで雨が降っていたようです」


胸騒ぎは的中した。やはり今日はどこかで雨に祟られると考えていいだろう。





不穏。






「幸い、降ってはいないみたいだから、ギリギリまでポンチョなしで走る」
「わかりました」


砕石場の脇を抜けると、いよいよ道は本格的な登り勾配に。





天気と相まってさらに不穏さが増す。



区間距離はさほど長くないので、インナーに落として無理ないペースで登っていけばいい。





ただ、村境が登りの頂点という訳でもなく、このあともう一回登りがある。



霧に包まれた森の中を登ること暫し、猿払村境に着いたのが7:55。




「大先生、写真撮りましょう!」
「はいよ」






とりあえず最初の山場はクリア。



道はこの辺りから下り勾配になり、程なくして鬼志別の隣の集落である小石に着く。





ホタテの加工場が軒を連ねる集落。



この道と並走するように、1989年までは天北線という鉄路が引かれていた。この小石にも駅が置かれていたそうだが、もう痕跡は残されておらず。




「このあたりですと、鬼志別のターミナルにある展示コーナーが近いですね」
「以前来たことのある場所だな」






あと4キロくらいか。



その鬼志別バスターミナルには、8:39到着。向かい風の影響を存分に感じることとなったが、諦めて淡々と進もうと開き直ったら、案外いいペースで到着した。





もともとは天北線の駅があったところ。






「ここまで来れば、海までもうちょっとですよ」
「とはいえ折角だから資料館に寄っておくか」


で、今回も資料館に立ち寄るのだけれど、実は天北線にまつわる面白い話があって。





よく見ると、東京どころか名古屋や大阪までの運賃が書いてあった。






「オホーツク海縦貫線、というのをご存知ですか?」
「噂では聞いたことがある」


諸説あるが、網走からオホーツク海沿岸を通り稚内まで鉄路を引くという構想があったそうだ。結局この話は、構想の域を出ないまま関連する路線の廃止などによって立ち消えになったのだが、もし実現していれば、オホーツク沿岸の旅のバリエーションが増えていたかもしれない。




「もともとは、赤字路線廃止を阻止するための代案、という側面もありましたが」
「まあ、採算は取れそうにないか。貨物メインだとしても」






実際問題、バスの運行本数だってさほど多くない。区間によってはもっと少ない。



さて、鬼志別ターミナルを出て、数キロほど走るとR238交点に出た。





どうやら昨晩は盆踊りがあったらしい。



この交点にセイコーマートがあり、そういや出発してから固形物を口にしていなかったのを思い出して、ここで朝食を取ることにした。




「ここからは北西に進みます。やや追い風になりそうですよ」
「これを待ってたんだ」






とりあえず何か食べよう。






お約束。



R238に入ってからは、今までの鈍足がウソのように加速する。





空は相変わらずの鉛色。



海からの横風は強いのだが、そこからほんの少し、背中を押すような作用が働いてくれているようだ。




「今までの遅れを取り戻してやる」
「グロスアベレージも20キロを超えてきました!」






もうすぐ猿払村を抜ける。



知来別の漁港を過ぎたところまでは好調に走れていた。しかし、程なくして再び路面が湿りだす




「これ、宗谷岬は雨か?」
「降ったり止んだりを繰り返しているようなので、果たして……」


不安げなことを言い出すエルコスさんだったが、実際こればかりは神のみぞ知ることである。9:35稚内市に入り、いよいよ青看板にも稚内市街の文字が見えるようになった。





市街へは左折したほうが早いので、結構そっちに往来は流れる。



そして、道道1077交点を過ぎた先で、東浦の漁村に着くのだが、





初見だと絶望しかねない光景。






「あれがオホーツクルートの、最後の難関か」
「心してかかってください。登り区間はあれと、もう一つあります!」


宗谷岬に至る道のうち、オホーツク側、すなわち浜頓別方面からの場合、宗谷丘陵区間を跨ぐような線形になっている。そのため、まあまあな登り勾配が2箇所ある。





区間距離1.1キロで50ほど登る。アベレージ5弱くらい。



出発前にナビデータをインポートしていたので、登りのプロフィールは完璧である。ただ、日本最北端の手前にこの登りって







ラスボス感パネェ。






おまけに、直近までガチ降雨だったっぽく、路面はしっとりを通り越してびちゃびちゃ





さっきから背中が妙に冷たい。






「これ、帰ったらエルコスさんとタコ助ジャージ、速攻で洗濯だな」
「わたし今、砂だらけですよ」


2箇所目の登りは登坂車線がつくほどの勾配と距離。インナーを駆使してヨタヨタ登るが、汗で顔が濡れているのか雨で顔が濡れているのか、自分でもわからなくなっていた。





視界が開けているので、開放的ではあるが。



ただ、登り切るのは困難ではなかった。ピークに着くと、風の音以外の音が消失していた。




「……静かだな」
「来るところまで来た、そんな感じですね」






登りきったところに駐車スペースがあった。ちょっと補給食を啜るか。



時折、オートバイの爆音が通過していき、また静寂が訪れ、それを数回繰り返す。あとはこの坂を下れば宗谷岬だ。





海に向かって下っていくかのよう。






「……そうだ。スタンプの場所は宗谷岬のどの辺?」
「えーっと、ですね。……少々お待ちを」






オオォィィィィィイッ!?









やったぜベイベーwww









「エルコスさん、やっちまったなwww」
「うぁぁぁぁぁぁぁっ!?  も、申し訳ありません!」


そう、我々は宗谷岬に行く必要はなかった。なんならレブイチの帰りにでも寄れば済んだ話だ。

完全にカン違いしていたらしく、真っ赤になって頭を抱えるエルコスさん。ついつい魔が差して、トドメの一撃をくらわせるワタクシめ。




「かわいいよエルコスさn……」
「ヴァァァァァァァァッ!?」


すっかりライフがゼロになったエルコスさんと共に、スタンプなんて設置していない宗谷岬に急ぐことにした。




「まあそんな気を落とすなって」
「……ごめんなさい」






日本最北端の学校があった。風は完全追い風に。



で、10:25、宗谷岬に着いた。





柏屋さんの青い建物に最北端を感じる。



宗谷岬といえば、年がら年中観光客やらライダーやらサイクリストやらが訪れる、北海道屈指の観光スポットである。当然といえば当然だが、





長蛇。






「まあ、最北端の碑は渋滞するんだ」
「撮影の順番を待ちますか?」


もちろん待ってもよいのだけれど、ここでの撮影はハウスルールでもあるのか?  と小一時間問い詰めたくなるくらい、皆が例外なく、顔出しピースでキメにかかる。




「しかも人多いから、下手に三脚も立てられない」
「立てる前に、「撮りましょうか?」になりますね」


普段、エルコスさんと写るときは、バックショットか、あるいはカメラ目線を避けるように正面を向くかで撮っているので、まあぶっちゃけやりにくい。そもそも、顔出しピースでキメたの写真なんて使い道がない。




「なので、我々の流儀でいく」
「つまり、この安定器収納盤という金属製外箱をお使いになるのですね」






D種接地工事。



もちろんだとも。三脚忘れなんてしょっちゅうの我々のこと、オブジェクトを三脚代わりにすることなど朝飯前だ。





「わたしではなくて大先生が、でしょ?」とエルコスさんにツッコまれた。



そういえば、いつも宗谷岬というと最北端の碑ばかりが目につくのだけれど、国道を挟んだ丘陵部には、岬を見下ろせる公園があるらしい。




「ただし激坂がセットです」
「大した距離じゃないし、いけるだろ」






たぶんヤマイドウ19における激坂ナンバーワン樹立。



いけはしたが、雨でスリッピーな上にフロントが浮き上がる程度の斜度。ひっくり返らないように慎重に登る。





宗谷岬を見下ろす絶景ポイントがあった。



さて、その宗谷岬公園だが、岬に必須の灯台があるほか、





岬の灯台。



祈りの塔、というオブジェクトがあった。





世界の平和を改めて考えさせられる。






「これには悲しい出来事があります」
「どんな?」


エルコスさん曰く、「1983年に、理由は不明だが韓国の民間旅客機がソ連の領空を侵犯したことで、ミサイルを受け撃墜、乗員乗客269名が亡くなった」という。

そもそも領空侵犯をしなければ起こり得なかった事故だが、その真相は今もって不明であるという。




「このことを契機に、民間機の撃墜を禁止する条約ができました」
「悲劇を繰り返さないために、だな」


それに。エルコスさんが付け足した。「この事件後、軍事用途に開発していたGPSが民間に開放された」と。今でこそ誰でも持っている便利機能であるが、尊い犠牲の上にあるということだ。

今までスルーしてきた場所だが、来てよかった勉強になった。




「じゃ、改めて、稚内駅に行くかーw」
「……イジワル」






次、宗谷岬を訪れるのはいつになるだろうか。






胸騒ぎの結末。



10:48、宗谷岬を出発。





なんとか降雨だけは避けたい。



ここから稚内市市街までは約30キロ。追い風に乗って走れば1時間ちょいくらいで着くだろう。




「このまま雨も降らなければよいのだが……」
「あ、降ってきました」


結局、宗谷支所のあたりまで来たところで、完全に雨になった。あの胸騒ぎは的中したことになる。





やっぱりダメだった。






「ポンチョ持ってきて正解だった」
「ホントですね」


ポンチョで雨を凌げることにはなったが、路面からの跳ね上がりは相変わらずだし、風でバタつくのはどうしようもない。しばらくは忍耐の走りになる。





あと15キロ……



だが、エルコスさんにチップを弾んで勇気を分けてもらったからか、市街に近づくにつれて雨は止み、路面も乾いてきた。

道は片側二車線になり、原野から住宅地に景色が変わってきた頃、潮見の交点に着いた。





このあたりでポンチョはお役御免にできた。



時刻は12:07。そろそろ昼食にしたいのだが……




「店探すの面倒なんだよなぁ」
「ホットシェフ併設のセイコーマートがありますよ」


そういえば、この夏のヤマイドウで、いつもの組合せをまだ食してなかった。折角なので、カツ丼と冷やしラーメンカップでキメよう。





夏といえば。



腹を満たしたあとは、稚内駅の構内にある観光案内所に向かう。こちらも観光客でごった返していて、なかなかに賑わっている。





TFBができる旅も捨てがたいよな……






「サロベツ3号の発車時刻が近いのもあるでしょうね」
「そういやそうだな」


人ごみを掻き分けて、観光案内所でスタンプをゲット。稚内駅は日本最北の駅ということもあって、あちこちにモニュメントが建っている。




「大先生!  写真撮りましょう!」
「お、ライフが回復してきたな」






ここから輪行する予定のご同業がいて、袋詰めの自転車が停まってた。



これでやるべきことはやった。野寒布岬にでも寄ってから、こうほねの家に帰ろう。  ……と思ったら、なんか神社があるのを発見。





鳥居があるのを目敏く発見。






「北門神社というみたいですね。天照皇大神を祀られているようです」
「ちょっと行ってくるわ」


そういえば、ヤマイドウ14のときも落合駅近くの八幡神社に立ち寄ったが、人の住まうところにある神社というのは、それなりに理由があってそれなりに神様がいる。ここも、稚内地域の航海安全と大漁の守護神として神様を祀っているそうだ。




「ちょうどいい。エルコスさんの5離島制覇を報告しよう」
「そんな大した事では……」


照れるエルコスさんだったが、かれこれ12年のつきあいだ。いつまでも一緒に旅がしたいから、ここはしっかり神頼みしておこう。





余談だが、本殿付近まで車道が伸びてたっぽい。



さて、北門神社を辞した後は野寒布岬。そのあとは海沿いの道を経てオロロンラインに至るが、このルートだと宗谷丘陵の登りを回避できるというメリットがある。




「それはメリットなのですか?」
「いや、そんなことないなぁ」


で、野寒布岬には13:03着。





野寒布岬も宗谷岬も秘境感は乏しいことに、今気づいた。






「大先生!」
「写真撮るんだろ?」






しばしば根室の納沙布岬と間違えられる(そのためカタカナで「ノシャップ岬」と書くことが多い)。



で、道道106に復帰し、抜海港を経てこうほねの家、なのだけれど、




「抜海駅がありましたね」
「寄ってくか」





これが最後になるだろう。



ちょっと寄り道して抜海駅へ。実はこの駅、2025年3月に廃止が予定されている。





管理している稚内市が、維持管理を2024年度で終了する旨、回答したらしい。






「道北に来ると、雰囲気が良くていつも立ち寄ってるんだ」
「日本最北の秘境駅、とも呼ばれているようですね」


そんな抜海駅であるが、碑が建っていた。開駅100周年の記念碑なのだそう。





道道510の交点付近、新しめの碑が。






「時代、ですよね」
「まあな」


駅前には人家が1軒。列車の本数が限られているので、ここを利用するのはほぼほぼ観光客、というか鉄道マニア。まあ廃止の運命も理解できる。一言でいえば「役割を終えた」ということだ。

だけどさ、寂しいよね。……ふと思って、




「ちょっと悪いことする。巻き込まれて」
「え、ちょっ……!?」


エルコスさんをホームに乗り入れさせた。本来はアウトな行為だと自覚している。……まあ、怒られたら謝ればいいか。




「まだ現存するうちに一枚納めておこう」
「大先生……」


いつの日か「ここに抜海という名の駅がありました」と言えるように、しっかり記憶の中に残しておこうと思う。





「そんなことしても怒られたり炎上したりしない、心が大らかな時代が昔ありました」ってことで。
soya_65.jpg






そこから先の話。







このあたりは国立公園内なので、厳密には野宿や焚火は御法度である(決められた場所なら問題ないが)。



14:30、こうほねの家に到着。本日の走行距離155.1キロであった。





フィニッシュが見えてきた。



で、ポートサービスセンターでコインランドリーを借り、





安価でコインランドリーとシャワーが利用できる。無料休憩スペースも完備という最強スペック。



その日のうちに南下をして、翌日、苫小牧からフェリーに乗った。





感覚としては、稚内から直帰しているようなもん。






「また来年も来ような」
「……はい!」






この光景を見ると、サザエさん症候群になるんだよなぁ……












TITLE:宗谷ベスト2回目
UPDATE:2024/09/04
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