2012年版ガイドライン 実地踏査シリーズ スキー百本勝負 ほぼ月刊動画工房 ステキなダムn選 トップページ 用語辞典       


327:ヤマイドウ17〜奥尻ライド〜



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。



本日のルート (powered by Ride With GPS)






ここもなかなか到達が難しくなった。


早朝の函館で凸をパージして、R228と道道5号を経て江差港に着いたのが8:30。函館到着時には小雨がぱらついていたというのに、海沿いに来ると今度は青空が見えている。





道道5号とR228の交点は、ロータリーになっていた。






「今日は暑くなりそうですね」
「まあ、雨よりかはずっといいんだ」


既に袋詰めを完了させていたエルコスさんを背負い、奥尻島行き9:40の便を捕まえる。意外なことだが、ターミナルはまあまあ混雑していて、しかも乗船待ちの列が発生しているほど。





賑わってる。






「結構、来島される方が多いのですね」
「下手すりゃ利尻礼文よりも到達しにくい島なのに」


というのも、奥尻島に渡る方法というのが他の離島と同じ程度の難易度ながら、そもそも江差まで到達するのが困難になってしまった。

かつてはJR江差線が通っていたので、江差まで輪行してちょっと走ってターミナル、ということができた。その江差線は2014年に木古内と江差の間が廃止されてしまった。




「つまり、あの山道を自走するかバス輪行か、ですね」
「まあ、あとは自家用車で直接来るかしかない」


ちなみに函館からだとここまでだいたい80キロほどなので、早朝函館を出発すれば、通常期だと12時頃に出航するフェリーに間に合う。繁忙期だと17時台の最終狙いか。

いずれにしても、繁忙期9:40のフェリーに乗るのは、公共交通機関を用いる限り、相当な難関なのである。





「高難度を乗り越えた皆さん」と書いておいて気付いたが、高難度なのは自転車だからだと気付く。






「たぶんこうでもしないと来れない」
「最初で最後のチャンス、ですかね……」


さて、先述の通り、奥尻島行きのフェリーは混雑していた。そして、乗船の列ができていた理由はすぐにわかった。





昭和スタイル。






「どうして地べたにゴザ敷いているのですか?」
「2等がパンパンなんだよ」


奥尻島まではおおよそ2時間10分。当然、みんな横になるスペースを所望するわけで。ただ、そういう需要があることも運航サイドは周知らしく、





もう公式で「床も2等」。






「ゴザは自由に使っていいらしい」
「それでですか」


で、どんぶらこと揺られること2時間強で、奥尻島フェリーターミナルに到着。





島特有の歓待を受ける。



ボーディングブリッジなんてものはなく、漢らしいラダーで下船する。まずはエルコスさんを復元することに。





なお、奥尻と本土との往復は、この船が担っている。



ものの5分で組みあがりはしたが、既に他の下船客は、レンタカーや送迎のワゴンなんかで捌けた後。幾分か静かになった港を出発する。




「今回は随分と大荷物ですが、何が入っているのですか?」
「テントだね、主に」


倒置法で表現したザックの中には、既に15年は経とうかというテント一式が入っている。というのも、奥尻島を日帰りするのが、時間的に見てほぼほぼ不可能だということが事前調査で判明していたからである。





キャンプ地までは穏やかな海岸線の道。



江差発のフェリーが11:50奥尻着。その後、奥尻発の最終便が15:00に出航する。わずか3時間しか滞在できないのに、島の外周はおおよそ70キロある。




「つまり、最初から一泊することが前程になるんだ」
「これは日帰りには厳しい時間ですね」


まあ、そもそも論だが日帰りをするような島じゃないんだよここは。実際、来島者の大半は民宿に逗留したり、島に点在するキャンプ場にテントを張ったりしている。今回、我々は後者なわけだが、




「どちらのキャンプ場を使われるのですか?」
「一応、目星は付けてある」


フェリーターミナルから北へ3〜4キロほど走り、小高い丘に登るちょっと手前のところに、小ぢんまりした海水浴場がある。一応ここがキャンプ場、というかキャンプ適地となっているようで、ここに建ててよいことになっている。水場とトイレが至近で、サイトは砂地。




「悪くないですね」
「ただ、ちょっと暑いかな。フライシートは外しておこう」






ここをキャンプ地とする(by 藤村忠寿)。






事前情報のなさが招いた悲劇


無事に拠点が出来上がったところで、12:40東風泊を出発。島一周のセオリー通りに時計回りで一周してみようと思う。





偶然見かけたご同業とともに、島を時計回り始める。



ところが、走り出してすぐに、ケイデンスセンサーが動いていないことに気づく。




「電池切れのようです」
「どこかに電池売ってるところないかな?」


フェリーターミナルからすぐのところに、島唯一のセイコーマートがある。ここで電池と飲料を調達していこう。





気が付けば電池が飛んでるのよ。なお、CR2032を使用する。






「補給食は持ってきているから、今日はこれで大丈夫だろう」
「だといいのですが」


ついでに、セイコーマートに来たついでに、前回食べそびれたカツ丼を所望しておく。そして、少し離れたところによいロケーションが。




「このあたりがよさそうですね」
「ついでに昼飯も済ませるか」






セイコマのカツ丼で北海道を感じ、冷やしラーメンカップで夏を感じる。



この変わった形状の岩は鍋弦岩というらしく、もとは溶岩だったらしい。




「後世になって、溶岩だけが残ったみたいです」
「他は全部溶けたのかな?」






溶けた、というよりかは、消滅したという感じらしい。



さて、こんな感じで南下を開始する。島の南部には空港を要する青苗という地域があるので、まずはそこまで進んでみよう。

島の東側は、雰囲気としては利尻の時のそれに近い印象。小さな漁村をいくつも結んでいく。





なんか公園があるみたいだが。



その途中、うにまる公園なる場所を発見した。行ってみると、何やら巨大なモニュメントが。





どうみてもウニです。本当にありがとうございました。






「ウニだな」
「奥尻の名産はウニですから」


しかもこのモニュメント、夜になるとライトアップするらしい。

ちなみに、この公園にもキャンプができる区画がある。商店が至近にあるので、活用しやすいだろう。





モニュメント近くにキャンプサイトがあった。奥尻島では最も新しいサイトだ。



あと、これは青苗に向かう途中、ぽつぽつと目についたのだが、元プロ野球の佐藤義則氏を称える看板や展示スペースが点在していた。




「オリックスでプレーした後、楽天でコーチを務めた方ですね」
「おらが街のエースってわけか」


エルコスさん曰く、「日本一の投手コーチ」という二つ名があるほどとのことだった。

ウニが名産で、すごい野球選手を輩出した。とりあえず2つの情報は手に入れた。もちろん、これだけではない。




「あ、大先生ストップ。何か碑がありますよ?」
「慰霊碑、って書いてある」


初松前のあたりで見つけてしまった。





これはもしかして……



奥尻島の情報3つめであるが、これは全国的に知られているものだろう。この碑は、1993年7月に発生した北海道南西沖地震による大津波の犠牲者を慰霊するもののようだ。

震源は青苗地区の至近で、しかも夜間に発生するという悪い偶然が重なり、多くの犠牲者を出してしまった。




「その後の復興事業で、津波に対する対策が進められたと聞きますが」
「なるほど、ちょっと探してみよう」






内陸部はけっこう標高が高いんだ。



いや、探すまでもなく、ちょくちょく見かける。例えば、海岸線沿いを往く道道39号線は、左手が海で右手は崖であるが、その至る所に「避難路」と書かれた看板と、崖上へ登れる避難用の階段が設置されているのだ。





そして、よく見るのがこういう防波堤。防潮堤かな?



また、青苗地区には大規模な防潮堤が設置されている。これは、青苗の漁港からも見渡すことができる。





奥尻島最南部、青苗まで来た。



そんな青苗漁港には14:03着。ここから島西部を北上していくことになるのだが、




「水は……  ボトル1本残ってるな」
「大丈夫かしら。何かイヤな予感が……」


と、その前にもう一か所寄り道していこう。青苗地区の突端、青苗岬という場所には、先述の津波災害を後世に残すための資料館や、津波の記憶を忘れないように、津波と同程度の高さに盛土して建てられた石碑があるそうだ。





洋々美徳、とある。






「これ?」
「これはちょっと違うみたいですね」


明治13年頃、訓練の途中で座礁した英国軍艦を救助したことを後世に伝えるために建てられたもので、津波との直接的な関係性はないのだが、




「ですが、津波の被害を二度も耐え抜いた、とあります」
「1993年の地震と、もう一つあるのか」


ここでいうもう一つの津波とは、1983年の日本海中部地震のことを指しているようだ。いずれの津波災害を受け止め、倒壊することなく島民を見守ってきたことから、奥尻町の有形文化財として登録されることとなったという。

余談だが、この徳洋記念碑には逸話があり、座礁した軍艦アイアン・デュークにはその当時、有栖川宮威仁親王が乗艦していたといい、その際に島民や他国軍艦と協力して救助に当たったのだという。親王の遺徳と、共同救助の素晴らしさを伝え残す役割を果たしている。





岬周辺は公園になっている。中央にあるのが津波館。



さて、小高い丘に造成された青苗の集落を抜けて、道道39号に復帰する。それにしても……




「……あっつい」
「北海道らしくない気候ですね。数年前はこんなではなかったと思いますが……」


まだそれほど進んでいないのだが、既にボトルが軽くなりつつある。どこかで自販機があればよいが。





空港、だと?






「あ、空港がありますよ」
「ちょっと寄り道していこう」


奥尻空港は、れっきとした稼働中の空港。函館空港と丘珠空港に、それぞれ一日1便の運行がある。




「基本的に函館とを結んでいますが、丘珠空港とも繋がっているようです」
「函館便運休日は、丘珠に飛ぶのか。面白いな」






ここが奥尻、空の玄関口。あと近隣の住民の憩いの場にもなってる。



時刻は14:30。既に本日の運航は全て終了しているが、プライベート便の発着があるほか、一応17時くらいまではロビーが開かれているようだ。ここで冷たい飲料を補給しておく。




「途中、商店があったら補給をしよう」
「そのほうが良さそうですね」


……ところが。





……こりゃヤベェぞ?



荒涼とした海岸線は、小佐渡の沢崎周辺を彷彿させる雰囲気を見せているのだが、行けども行けどもありのままの自然しか現れない。




「んんんんんー!?」
「少々お待ちください。リサーチしてみますから」


そして、エルコスさんから衝撃的な一言。




「商店、一軒もありませんね」
「詰んだ」






ありのままの自然なら腐るほどあるのだが。



いや、干からびる前に一周しきれば良いのだ。そう思いながらさらに行程を進めていくと、




「なんか登ってなくない?」
「お気づきになりましたね。これから約300ほどアップしますよ」


その情報は聞きたくなかったなぁ。





だいぶ地形が複雑になってきた。



なお、その登り区間に入る前に、北海道最西端の碑が建っている場所があるらしい。




「行ってみますか?」
「ま、せっかくだし」






なんかオブジェがあったり。



で、その碑があるという北追岬キャンプ場へ。一応北海道の本土には、尾花岬という人跡未踏の最西端があるにはあるのだが、行政区分を全てひっくるめ、さらに到達可能な北海道最西端がここにあった。




「大先生、写真撮りましょう!」
「撮るのいいんだけどさぁ……」






映った画像が何やらオカシイ。



なんかレンズ汚れが著しくなった。レンズフィルターの汚れがモロに写り込んでいる感じだ。




「レンズのメンテナンスも考えないといかんなぁ」
「キャップだと着脱が煩わしいですし、悩ましいですね」


さて、幌内海岸のトンネル地帯を抜けた先で、道は徐々に登り勾配になる。ふと見上げると、





上のほうに道があることに注目。









あそこ通るの。









「萎える」
「頑張ってください。ギアを軽くしてクルクル回すのですよ」


言われなくてもそのつもりである。ちなみにこの登り区間、アベレージ4%強で、それが7キロほど続く。ちょっとした峠越えだ。




「ですが、景色は素晴らしいじゃないですか」
「確かに」






もうすぐ陽が暮れるな



とは言ったものの、内陸部に入ったとたんに木々に囲まれた標準的な山道になった




「絶景、とは?」
「哲学ですねwww」


こうして、登り勾配と格闘しているうちに、ボトルの水が尽きた




「いいですか大先生、『これもしきたりさ』禁止ですからね!」
「すっごい怖い顔して言わないでよ……」






途中、だまし峠があったりして萎える(下りに見えるんだが実は登り)。



登り勾配は、復興の森と呼ばれる場所まで続いた。そして、そこまで来れば下りに転じるのだけど、




「なんか物々しいな」
「航空自衛隊の施設のようですね」






突如現れる鉄塔の数々。



北海道の空を防衛するレーダーサイトが配備されているようだ。このあたりは、さっきまでの自然豊かな景色とちがい、開けた地形に聳え建つアンテナ鉄塔がよく目立つ。

そういえば、奥尻に限らず、北海道全土には自衛隊の駐屯地、分屯地が多くあり、ほぼ例外なく地元との調和が取られている印象がある。つまり地元の方からすると隊員さんようこそ!  の雰囲気が強いのだ。




「メディア経由だとフィルタリングされるもんだが、地元はよく理解してるんだと思う」
「いい傾向ですね」


さて、そこからすぐに、稲穂岬との分岐に至る。島一周するのであれば、当然ここを左折するのだけれど、





左折すれば11キロほどで奥尻最北端なのだが。






「大先生、ドクターストップです」
「ま、そうなるよね……」


直進すると奥尻港のセイコーマート前に出る。つまり、直進すればフィニッシュである。

奥尻島は、到達難易度が高いのでおいそれと宿題に持ち込むことは躊躇われる。しかしこちらの







ライフはほぼゼロ






もうこれはどうしようもない。




「仕方ないか」
「また来ましょうよ。大丈夫、必ず来れますから」


残念だがここらが潮時なのかもしれない。交点を直進して、奥尻港方面へ。





その先で見た衝撃映像。



ところが、である。この道がとんでもなく荒れた道で、おまけに勾配もこのありさま




「なんじゃこれ?」
「試されてますね、わたし達」


これ、港側から上がってくる場合どうなっちまうんだ?  なんてことを考えてるヒマすらないほどのガッタガタな道。ちょっとでも油断しようものなら穴ぼこにハマッて縦に吹っ飛ぶ





昇天間違いなしのブービートラップ。






「ゆっくり、ゆっくりですよ?」
「ゆっくりだよな?」


慎重にラインを選んで下っていくと、やがて集落が見えてきた。




「お疲れさまです。下りはここまでですよ」
「くたびれたー」






ここまで来れば一安心。



麓まで下りてくれば、あとは野営地まで平坦な道を往くのみ。本日の走行距離は約66キロであったが、ほぼ同じ距離の利尻島と比べて、だいぶハードモードな感じのある島であった。




「あ、奥尻町のカントリーサインがありますよ」
「たぶんここにしかないんじゃないかな。撮っていこう」






礼文と奥尻のように、島全体で一つの自治体の場合は港にカントリーサインがある。






奥尻島で幕営する際のガイドライン


奥尻島で宿泊施設を使わず、テントを持ち込んでなんとかする場合について考察する。一応、奥尻町の公式では、キャンプ場は4箇所である(リンクを参照)。

このうち、自転車ユーザーが利用しやすいキャンプ場は、今回利用した東風泊とうにまる公園の2つと考える。残る2つのうち、賽の河原キャンプ場は港から10キロ近く、北追岬に至っては激坂を超えるか海岸線を大回りするかしないと到達できない。おまけに後者は近隣に商店が1軒もない(というかやってない)し、前者は17時で閉まる土産物屋が1軒あるほかは。





北追岬は散々な評価なのだけど、ロケーションや設備は秀逸で、オートバイなら充分アリ。



東風泊の野営地は、厳密には海水浴場にテントを建てるイメージである。なので、水シャワーを利用することができるほか、そもそもキャンプ目的の利用者が少ない。ただし、日中温められた熱がモロにテントに上がってくるので、グランドシートが必須となる。

うにまる公園は芝のサイトで屋根と照明のついた炊事場が利用できるので、環境的にはこちらのほうが良い。ただし、キャンプサイトまでは軽い登り坂である。





改めて今回のサイト。砂地なのはここだけ。



これらのことを踏まえたうえで、どこを利用するかを検討してほしい。





まあ、余裕があるなら宿を取ったほうがいいに決まってる。












TITLE:奥尻ライド
UPDATE:2023/08/29
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/327_oku/yama17_oku.html