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本日のルート (powered by Ride With GPS) 偉大な先輩を追いかけて――――「……あつい」 「現在の気温、摂氏33度です」 大先生が抗議の声を上げましたが、ごめんなさい。ここだけはいつか走らなければならなかったのです。夏に。 今、わたしたちは長野県伊那市にいます。縦に長い長野県の南側、南信・伊那地域と呼ばれているこの場所を舞台に、遠い昔、一台の自転車が主人公となった物語が世に生まれました。その自転車の名は『轟天号』といい、どこにでもあるようなロードマンでした。 「いいですか大先生、轟天号先輩はですね……」 「なんでそんなに饒舌なのよwww」 そりゃそうですよ。轟天号先輩は中央道だって走れるのですから! ……という前置きはここまでにして、実際に田切から伊那市まで走破してみようと思い、大先生に無理言って連れてきてもらいました。スタートが伊那市なのは、逆走ルートを辿りながら、コースの確認をするためでs…… 「ちげえな。走りたかっただけだろー」 「あ、わかっちゃいましたか?」 大先生にはすべてお見通しだったようです。ならばもう隠すことはないでしょう。わたしたちは、13:00ちょうどに伊那市駅前をスタートしました。駅前では夏祭りが催されていたので、あまり密集しないようにする意味もありましたが。 今回のルートは、説明するまでもなくR153を南下、もしくは北上するだけです。ほぼ一本道で、変化があるとすれば、バイパスを往くか旧道に入るか、くらいの選択肢しかありません。 「なので、迷うことはほぼないかと」 「しかし、旧道に入り込むポイントくらいはチェックしとかんと」 こうして、下準備を入念に行い、沢渡交差点からR153に合流します。ちなみにわたしたちが通ってきた道が県道146号線で、こちらはR153の旧道になります。この区間は現在、天竜川に沿って道が続いていますが、こちらは帰路に通る予定です。 「ちなみにこのルート、アップダウンはあるの?」 大先生が訊いてきました。峠越えのような激しいアップダウンはないものの、丘越えのようなものは点在しているようです。 「今日、すっげぇ暑いよ?」 「まあ、夏ですから」 轟天号先輩が駆け抜けたのも、あの暑い夏の空の下。それにこのあたりは、伊那谷と呼ばれる盆地で、夏はとにかく暑いのです。 「水分を摂ってくださいね。脱水症状になりますよ?」 「これって運動とかしていい天気じゃないや……」 しばらくは平坦な道を往くのですが、赤木のあたりでちょっとした登りになります。R153は伊那を代表する幹線道路で、割と交通量が多めです。なのでちょっと気を抜くと、ホラ、わたしたちの後ろが渋滞しだしました。 「大先生がんばって!」 「停まりてぇ……」 まあ、道幅は決して狭いわけではなく、後続車はタイミングを見計らって上手に抜いていってくれるので、そこは安心ですが。 登った分は、この先の大田切橋に差し掛かる手前で帳消しになり、大田切川を渡ると再び登り返します。橋のほうを高くしておいてくれると有難いのですが、このあたりには住宅街が形成されていて、そういう訳にもいかなかったようです。 「あ、少年たちが川遊びしてる。いいなぁ」 「お気持ちはわかりますが、ダメですよ」 橋を渡り切ったところで一度停まります。この先、道はちょっとした登りになっているのですが、 「ここの交差点を右です。そのあと、あそこの踏切を渡ってください」 「あの、駅の横にある小さい踏切?」 細い道が続いています。実はこちらも旧道で、ここを通ることでバイパスに誤侵入することを避けられます。ですが…… 「登ってるねぇ」 「我慢してください。わずかな距離ですから」 ぼやきながら、大先生はクランクを回します。相変わらず重たいギア比でじんわり回す乗り方なのですが、大先生曰く、 「こっちのほうが脚がタレない。インナーローを多用すると脚のタレが早いような気がする」 とのことでした。まあ、これは乗り手の脚質もあるでしょうから、何とも言い難いのですが。 さて、R153に復帰してすぐに駒ケ根の市街地に入ります。歩道にアーケードがある、古き良き時代の面影を残す街並みです。ですが、信号でしょっちゅう停まる区間でもあり、なかなか先に進めません。そして、日陰もあまりないので、日差しが痛そうです。大先生が。 「これ、バイパスでもよかったんじゃないの?」 「バイパスですと、交通量が多いし、田切への旧道入口をロストする可能性があるのですよ」 市街地から続いた道も、飯田線の線路を跨いだ先で丁字路に。ここを右折するのですが、左折するとバイパスに接続します。 「ここを素通りしてしまう可能性があるので、旧道を選びました」 「なるほど。バイパスが伸びたんだな」 信号を待って右折し、下り勾配を駆け降りると、田切の交差点です。到着は14:00。途中の寄り道を含めて、1時間といったところです。 「これ、普通に走ってもまあまあエグいな」 「恐らくは、暑さかと思います」 もう少し涼しければ、タイムは短縮できたかもしれません。ですが、轟天号先輩も夏の暑い最中に走破されているので、大先生も頑張ってもらわないと。 田切駅は、交差点からもう少し南下し、緩い登りの先、右方向に登っていく路地に入ります。すると、見覚えのあるガード下が。 「あそこですね。ほら、階段があるでしょう?」 「あったあった」 14:02田切駅着。ここを訪れるファンは、隣接する聖徳寺の駐車場をお借りすることが多いのですが、何とそこに、真新しい記念碑が建てられているではありませんか! 「あっ! 轟天号先輩!」 「すげぇ! 聖地巡礼発祥の碑だってさ!」 平成3年、すなわち30年も前に公開された作品が愛され、多くのファンが訪れ、そして伊那路を疾走し、いつしかそれが聖地巡礼と呼ばれ、時を経てこんな立派な碑が建てられました。 「立派になられて……」 「ああ、ちゃんと裏に解説が載ってるな」 碑の背面には建立の経緯が記載されていて、やはり今でいうところの聖地巡礼を、その名前が一般的でなかった時代から育んでいたということが述べられていました。その田切駅ですが、築堤状に設置された棒線駅で、だいたい1時間に1本、列車がやってくるというローカルな駅です。 「究極超人あ〜る自体、結構飯田線をネタにした描写が多いと思ったぞ」 「STBもやってましたね。モデルは唐笠駅でしたかしら?」 他にもいくつかあるようですが、この飯田線のほとんどが、聖地と呼んで間違いなさそうです。 昨今の情勢が起きる前は、毎年これくらいの時期に、本当に1時間で走り切るイベントが開催されていたようです。さすがに中央道とか走るのは禁止されていましたが。 「あと、轟天号あんだけ人乗せて、追越車線のトラック抜いてったぞ」 「轟天号先輩ですから!」 フンス! としている間にも、巡礼のファンの方が碑を写真に収めたりしていました。愛されてますね。田切駅も作品も。 大先生はあちこちを写真に収めています。わたしは石造りのガードに凭れ掛りながら小休止、していたのですが、 ゴロゴロゴロゴロゴロ…… ……なんですかこの不気味な音は!? 「大変だエルコスさん、雨降りそうだ」 大先生に言われ、周囲を見渡すと、確かに雲が急激に大きくなっていました。特に、南アルプス側というか、東側の山脈上の雲は、不気味な鉛色に変化しつつあって…… 「夕立が来るかもしれません」 「よし、ここらで撤退。何か思い残すことは?」 いえ、大丈夫かと。写真もいっぱい撮りましたし。それを確認した大先生はわたしに跨ると、ニヤリと笑いました。 「伊那市まで1時間で着けばいいんだね」 「ええ…… ですが、雨雲から逃げられるかどうかは……」 「その時はその時」 こうして、14:11田切を折り返しました。 帰路は純粋な逆走になるので、地図を確認する必要はほとんどなく、そして運の良いことに、 「大先生、追い風ですよ!」 「ツイてるぜ」 風に乗ってどんどん速度が上がっていきます。……まあ、熱風なのですが。 「これなら、現行ダイヤの48分切りも可能かもしれません!」 「よっしゃぁやるき出てきた!」 劇中では、田切発16:47が、伊那市着18:00に間に合う最終列車でしたが、あれから30年経った今では、田切発17:12と繰り下げられ、それでいて充分間に合うようになりました。この時間で計算すると、14:59までに伊那市駅前に着ければ、わたしたちの完全勝利、ということになります。 「大先生、がんばって!」 「すっげぇ暑いんだけどな!」 そして、大先生が奮起し、大田切橋を渡り、 事件はここで起きました。 わたしの足下で、バンッ! という乾いた音がし、そして、激痛が。 「うぐっ!?」 大先生に悟られないように、できるだけ声を殺しt…… 「なんか折れた!?」 ……あぅ、バレたぁぁぁぁ。 あの音は、確かに何かが折れた音です。わたしのコンソール上には、はっきりと異常発生を告げるアラートが表示されていました。 大先生はゆっくりと路肩に停め、そして言いました。 「スポークだろ?」 ご名答です。リヤの反フリー側が1本やられました。 「はい、申しw……」 「あ、あと、『ごめんなさい』禁止な」 そんなぁ。わたしに後ろめたさを植え付けるおつもりですか大先生!? 「自爆ってんならともかく、乗ってたのは俺なんだから、お互い様ってことで」 「そうですが……」 「それに前にも言ったはずだぜ。『痛みを共有しよう』って」 「……はい」 そんな昔のことを持ち出さないでくださいよぉ…… さて、スポークですが、フリー側の太鼓部分が千切れ飛んでました。つまり、ニップル側だけで支えられている状態です。 「ま、これならアチコチ巻き込まれたりはしないだろう」 他の生きているスポークにも絡まっている状態なので、このまま走っても大丈夫そうです。とりあえず伊那市まで、このまま行くことに決めました。 「ですが、リヤタイヤは結構派手に振れてますよ?」 「自走不能じゃないから、ブレーキが当たる問題は見なかったことにする」 普段から「完組より重たい」「スポークの本数が多すぎる」「もっとカッコイイ高性能なホイールがいいです」と不満を述べていたわたしですが、こういったトラブルがあると、手組のホイールにも良い点があることを再認識させられました。そんなことを大先生に述べたのですが、 「え? いや、単純に手組の32本スポークのほうが、エルコスさんに似合ってるなぁ、って……」 「そ、そうですか……」 いや、絶対に完組ホイールのほうがカッコイイと思うのですけど…… さて、結局のところ沢渡交差点に戻ってきたのは14:45。このまま行けば、じゅうぶん間に合うハズ―――― 「しかしやっぱりグニグニしてて気持ち悪い」 「わたしも我慢しますから大先生も踏ん張って!」 わたしにも十分伝わっていますが、振れたホイールでそこそこの速度を出すと、空気の入っていないタイヤで走っているような、ヨレた感触があらわれます。もちろん、気にしなければ何てことないのですが。 「手組はスポーク折れのリカバリーがしやすい、ってよく聞くけど、結構アレだぜ!?」 「あれはあくまでも完組ホイールとの比較ですから!」 14:55、伊那市駅に至る交差点を左折。 残り300メートルでゴールです。ラストスパーt…… 「確か、ゴールしたとき轟天号の前輪、ポテチになt……」 「それはイヤ! できればこれ以上は無傷で!」 こうして、伊那市駅14:57着で、現行ダイヤと比較してもマイナス2分という結果でした。まりぃさんの挑戦状に打ち勝ちました! 「ま、まあ代償もそこそこ大きかったんだが」 「いたた……」 ゴールしたら緊張が解けて、骨折の激痛が蘇ってきましたwww 当初の予定では、明日は畳平にでも登ってみようか、という話を大先生としていたのですが、当然ながらキャンセルになりました。 運搬車に乗せられ、一路家路に着くわたしたち。 「あ、あの、大先s……」 「『申し訳ありません』も禁止。言ったら罰金、次は免停」 ううう、大先生のイジワルぅぅぅ。 「それに、その科白は『スーパーカブ』の小熊ちゃn……」 「あと、泣くなよ」 無理だよぉ。 ![]() ボッキリいかれた。 後日談そんなことがあり、帰還した翌日にはメンテに出した。 ただ、いつもホイールをお願いしているショップでは星の14/15バデットは取り扱っていないそうで、似たようなもので組んでもらった。ついでに、フロントのテンション調整も。
夏休み中もエルコスさんには働いてもらうので、このタイミングでメンテナンスできたのはある意味良かった。
![]() たぶんDTスイスのコンペティション。 |
エルコスさんのマイピクチャ
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