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282:ヤマイドウ12〜深名線と蕎麦と夏影と



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。





本日のルート (powered by Ride with GPS)




天気予報は外れた。


5:35、JR深川駅発。微かに霧状の水滴を感じるが、日差しが出てくればそれも晴れるだろう。何せ、天気予報的には今日は晴れるはずなのだ。




「本当に晴れると思いますか?」
「旅の神様の予報を、……信じるっ!」






気が付けば路面はしっとり。



まだまだ薄暗いR233を北上し、北一已まで来た。直進すれば120アップの道道281号。左にカーブする国道を往けば秩父別経由となり、登りとは無縁になる。




「どちらに行きますか?」
「もちろん、言わずもがなだ」


そりゃなるたけ楽なほうがいい。北一已の交点を







直進した。










国道を外れて道道281へ。






「違うんだ聞いてくれ。120なんて登ったうちにh……」
「言わなくていいです。きっとこっち選ぶと思ってましたから!」


中山峠と名のついた標高120の峠道など、根釧台地の丘陵地帯とさほど変わりない。サクッと攻略してR275交点へ。





軽いアップダウンが続く道。



ところで、かつて北海道には、深名線という路線が走っていた。深川と名寄を結ぶのでその名前がつけられたのだが、平成7年に廃止してしまった。

この路線、幌加内地域の発展と、朱鞠内湖を堰き止めるダムの建設のために敷設されたものであるが、戦後のモータリゼーションの影響には勝てず、みるみるうちに利用者数が減少。結果として赤字路線に転落した結果、廃止と相成ったのである。




「バスに転換されたとはいえ、地元にとっては大切な路線だったようだ」
「調べてみたら、反対運動も起きていたようですね」






多度志周辺はそこそこ住宅街が広がっている。



この路線、途中で日本最大の人造湖である朱鞠内湖を時計回りに通過する。このあたり、まともな公道が通っていない地域を往くので、雪深い冬期は鉄道運行時ですら通過するほどの場所だ。

その朱鞠内湖には、発電用のダムが2基鎮座していて、その建設の際には深名線が大きな役割を果たしていたとのこと。

あと、沿線の幌加内は蕎麦の名産地であり、これらを考えると、割と良質なルートなのではないかと思われる。




「なので、今回の目的は蕎麦です」
「そうだとすると、出発が早すぎませんか?」






幌加内まで33キロだが、まだ6:20頃なのだ。



恐らく幌加内通過が9時くらいになるので、しばし待たなければならない。しかし、R239交点付近に、霧立亭という地元の有名店があるという。ここなら開店と同じくらいに到達できるのではないか、と踏んでいる。




「よっしゃ蕎麦食いに行くぞー!」
「おー!」


そして、このやる気は幌加内に入ったあたりで、粉々に砕かれた





しっとりからぐちょぐちょになった。






「……これ、霧雨とかじゃないよね」
「割と本降りですね」


せっかく蕎麦畑で良い写真が撮れたのにぃ……





ちょうど撮影スポットがあったので。



結局、晴れ予報の幌加内はガッツリ本降りであった。幌加内の交流センターに不時着し、雨脚が弱まるのを待つことにした。




「ああ、運が悪い……」
「まあ、こういう日もあるさ」






バスターミナル併設の交流センターで小休止。



いつぞや、長野県湯ノ丸峠からの10キロ以上に及ぶ土砂降りの下り勾配とかに比べたら、登り基調の道なんて可愛いもんである。ただ、雨脚が弱まるならそっちのほうがいいので、降ったり止んだりを繰り返す曇り空を眺めつつ、出発のタイミングを計る。




「カッパは持ってきているのですか?」
「あるにはあるけど、使わないに越したことはない」


ここのバスターミナルも、深名線廃止の際に新設されたもので、新たな交通の要衝となっている。二階は深名線の資料館になっているようだが、昨今の情勢によって閉館していた。




「どれくらい様子を見ますか?」
「9時になったら出発しよう、そこで本降りなら諦めてカッパ着るよ」






なお、ここから朱鞠内まで、あと40キロ強といったところか。



その後、ウダウダ時間をつぶすこと1時間。まだ雲は厚いが、とりあえず雨は止んだ。……降り返しそうではあるが。




「行こう。雨が降ったらその時だ」
「わかりました。慎重にいきましょう」






雨は止んだが路面は相変わらずぐっちょり。



9:00、幌加内交流センター発。しばらくはぐちょぐちょの路面をうまいこと避けつつ走っていくが、徐々にだが路面が乾いてるようにも見える。





調子は上向きになってきているようだが。



ようやく天気予報通りになってきたか。少し余裕が出てきたので周囲を見渡すと、見事なまでに蕎麦畑が広がっていた。

幌加内では蕎麦畑を観光資産にしているようで、至る所で撮影スポットを紹介している。





一面に広がる蕎麦の白い花。






「大先生!」
「写真だろ?」


当然ながらこういうやりとりが幾度となく繰り返され、さらに北上すると、突如現れる鉄橋。





だいぶしっかりしたつくりの鉄橋だ。






「第三雨竜川橋梁、土木遺産ですね」
「ちょっと寄ってってみるか」


こちらも深名線の遺構である。R275沿線のすぐ脇に位置しているので、ちょっと寄り道してみるのだが……





国道から至近なのだが、鬱蒼とした森がすぐそこにあって。






「イヤな予感がします。何か、出そう……」
「ちょっと大声出すか」


いかにもクマが出てきそうな雰囲気だったので、大声出しつつ鉄橋を鑑賞。





多くの犠牲者によって、この橋はできたのだという。



橋は鉄骨ガーダーとトラスのハイブリッドでできていたが、これでも当時の技術では難工事に部類されていたようだ。




「渓谷状だから、足場組むのも困難だったのか」
「現代では何てことない工事でしょうけど」


その橋梁の袂には、渡部義雄君弔魂碑という碑が建てられていた。





この碑の説明がどこにもなくて、最初戸惑った。






「これは?」
「当時の工事現場主任の方ですね。完成目前に殉職なさっているようです」


今でこそ利用客減少で"いらない子"扱いされているが、その当時、ここに線路を引いた技術者たちの熱意は計り知れない。




「この橋が架かったからこそ、今があるのですよ」
「勉強になるな」


そこからすぐに道の駅ほろかない。到着は9:45。





まだ営業時間前だった。



どう考えても蕎麦屋が開く時間ではないので、小休止ののちに出発することにした。ここには日帰り温泉があるほか、低価格でバンガローを借りられるので、拠点として使ってみるのも悪くないだろう。





政和の中心部。



その後、政和の集落を超えて、少しずつ標高を上げていくと、一面に蕎麦畑が広がる展望台をみつけた。ついでに、蕎麦神社なるものがあったので、ちょっとお参りしておく。





時期になると大勢の方が参拝するという。






「どうかおいしい蕎麦が食べられますように」
「やっぱりそこですね」


とにもかくにも、幌加内は至る所が蕎麦畑であった。根釧台地の牧場地帯も北海道の風景なら、この蕎麦畑もまた、北海道の風景なのだ。





そして、のちのハリボテエレジーである。






おいしい蕎麦とダムと夏空と


10:40、R239交点に到着。路面はまだしっとりしているが、雲の切れ間から青空がぽつぽつと現れており、ここからは天気は回復していくだろう。





この分岐を左に行くと、霧立峠を経て苫前に至る。



件の霧立亭は、その交点をさらに少しだけ北上した位置にあった。開店は11:00で、少々待つことになりそうだが、




「一番乗りゲットだな」
「やりましたね」






北海道幌加内町字添牛内、Tel:0165-37-2233、R239苫前方面交点より北にほんのわずかの位置。



ただ、冷静に考えてみたら、幌加内での1時間待ちがあってこの到着時刻なのだ。普通に来たら、全然早過ぎた訳で。




「結果オーライ」
「なんという強運」


開店の間際になると、どこからともなく自動車が横付けされ、地元だったりツーリング中だったりのライダーがわんさか終結したりして、地元に愛された店なんだと実感する。





店内の様子。






「ただ、ご同業はいないようだ」
「勿体ないですね、偶然でしょうか?」


こうしてありついた霧立亭の蕎麦は、風味豊かで大変おいしゅうございました。天ざる1350円+大盛り250円で幸せな気分に浸れた。





大盛りぐらいが丁度よかった。



蕎麦を堪能して外に出ると、先ほどまでのぐずり空はどこへやら、すっかり夏の空に変化していた。





雨雲が途切れ、青空があらわれた。






「これは絶対に、暑くなるやつだ」
「どちらにしても不満はあるのですねw」


添牛内でR239と別れ、朱鞠内方面に北上する。少しずつ標高を稼いでいるなとわかる程度の登りが続いていて、インナーにするかアウターのまま行くか考えてしまう。結局、アウターで行くことにして、




「無理してませんか?  回せてますか?」
「今のところ問題はない」


エルコスさんにガッツリ心配される始末。ただ、この道はかつて深名線が通っていた道である。これ即ち、急峻な地形はほぼ存在しない、ということを意味していて、





結果、労せずに朱鞠内の市街地に入る。






「見えた。朱鞠内の街に着いたよ」
「あれが朱鞠内ですか……」


11:50、朱鞠内バスターミナル着。ここを訪れるのは10年以上振りになるが、STBに適していそうな待合室とトイレは健在であった。





このバスターミナルも、かつては深名線の駅があったところ。



さて、ここで休憩がてら補給食をパクつきつつ、ルートの確認をする。順当に進むならこのままR275なのだが、国道を外れておよそ2キロ走ると朱鞠内湖の展望台があるようだ。




「展望台のすぐ脇には、発電用の雨竜第一ダムがありますね」
「決まりだな」






右折するとR275、直進で湖畔の展望台へ。



道道528をちょっと進み、レークハウスしゅまりない方面に曲がると、すぐに雨竜第一ダムの堤体が見えてきた。





雨竜第一ダム。






「なるほどあそこまで登りかぁ」
「大した距離ではなさそうですよ?」


エルコスさん曰く大した距離じゃない登りを越えると、朱鞠内湖が豪快に姿を現した。




「大先生、写真写真!」
「まあ慌てなさんな」






日本一の人造湖より。



そのあと、展望台に上ってもう一枚。





やはり、この広さに度肝を抜かれる。



ところで、展望台の奥には、一際大きな石碑が建てられていた。逆光でよく見えないが、




「殉職者慰霊塔……  ダム建設のものにしては、大きいですね」
「これは、アレが関係しているのかも」


エルコスさんの問いに対して、こちらが持っている答えが一つ。タコ部屋労働である。

北海道開拓の歴史において、非人道的としか言いようがない、しかし時代背景上タコ部屋に依存する他ない、何ともやるせないことが行われていたのは事実で、多くの公共事業に於いて、タコ部屋労働によって建設されたものは数多くある。




「ぶっちゃけ、深名線だってタコ部屋労働によって建設されたそうだ」
「そうだったのですね……」


もちろん現代においてそんなことやったら秒で炎上しかねないが、そういう時代に生きていることを、先人に感謝し、そして哀悼の意を捧げたい。

……ただ、まあ、朱鞠内湖はとても素晴らしい景色である。




「あ、看板がありますよ!  あそこで撮りましょう!」
「ベタだなー」






ちょうどこの時、ドローンで空撮やってる人がいた。



さて、ひとしきり歴史の勉強と撮影タイムを終えて、R275に戻るわけだが、





妙な段差があるんだよな。






「あそこだけ舗装が違うな」
「気が付かれましたか?」


目敏く見つけた舗装の違い。これは明らかに何かを埋めた後だが、間違いない。これは深名線の跡だ。そして、ちょうどこのあたりに、かつて湖畔駅があったはず。




「位置としては、ここなのですが」
「すっかり自然に還っちゃってるな」


もはや駅があった痕跡すらわからない。まあ無理もない、そもそもこのあたりから母子里まで、白樺の森の中を往く人跡未踏の地なのだから。





ちょうどこのあたりに湖畔駅はあったようだ。






「用が済んだ駅は、朽ちる前に片づけたのだろう」
「味気ないですが、それが一番の方法なのでしょうね」






朱鞠内に戻ってきた。ここからR275を往く。



朱鞠内から母子里まではだいたい17キロほど。しばらくアップダウンが連続する山道に入る。





ホントに断続して登り下りがやってくる。



湖畔を反時計回りに往く道であるが、多くの場所で木々が視界を遮り、湖の姿を見ることは難しい。幸いだったのは、追い風に乗れたことくらいか。

一部、勾配のきつめな登りも現れるが、そこは惜しげなくインナーを投入しクリア。





躊躇ってる場合でないので、素直にギアを軽くしていく。






「心なしか、インナーのほうが同じギアでも脚が軽く感じる」
「まあ……  たぶん気のせいだとは思いますが」


ギア比が一緒なら進む距離も一緒なはずなので、たぶん勘違いか気のせいなのだろう。あくまでも個人的な体感、ということで。




「ただしチェーンのかかり方で、抵抗が増えたり減ったりはするようですが」
「誤差だろう?」


世間話の途中でナンだが、それにしてもいい天気である。時々撮影タイムを挟んでみるが、いちいち絵になるなぁ。





根釧台地とはまた違った趣の道である。






「手の入った牧草地帯より、原野のほうがお好きですか?」
「そうかもしれないね」


そうこうしていると、13:25母子里クリスタルパーク着。





日本史上最低気温を樹立した地である。



ここは、日本における最低気温マイナス41.2℃を記録して建てられたモニュメントと公園であり、トイレと水場のほか、小さなカフェが併設されていた。

とりあえず水場があったので、カピカピに乾いた顔を洗う。





案内所。ここにトイレと水場がある。






「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ気持ぢい゛い゛ーっ!」
「磯野家の婿養子が憑依しましたか!?」


また、道道688交点には自販機があった。ちょっと赤缶でも買って、小休止でもするかな。……と良さげな場所を探していると、遠くに朽ち果てた体育館が。





ガラスは砕かれ、野に還ろうとしていた。






「母子里小中学校の跡地のようです」
「廃校になって、取り壊しの途中か」


母子里小中学校は平成5年に閉校している。往時は大勢の子供を受け入れてさぞ賑やかだったのだろうが、現在ではひっそりとしている。

人口の少ない集落ではよくあることといえ、やはりどことなく物悲しい。





校舎は取り壊され、正門跡だけがひっそり残る。






「当時の住民のほとんどは、街に引っ越していったようです」
「まあ、便利だからね」


ただ、この地が見捨てられたわけでないことを示すものがあった。2009年に開拓80周年の記念で、タイムカプセルを埋めたようだ。

地元の方の思い出が詰まったそのカプセル、次に開封されるのが





……いつだって?









2059年









「間違いなく召されてるね、俺」
「寂しいこと言わないでくださいよ、志は大きく!」


いやいやちょっと待ってよ。単純計算で79歳だぞその時www





そしてその隣には……






「あ、鐘がありますよ」
「鳴らしてみようか」


こうして、勢いよく鳴らした鐘の音は、母子里の青空に溶け込んでいった。





正門前で小休止することにした。交通量もほとんどない、いい場所だ……






名寄でフィニッシュ。


母子里からはずっと下り勾配かと思っていたが、全然そんなことはなく名母トンネルまでは延々と上る。





脚をクルクルさせてれば何ら問題ない道ではあるが。






「まあ、嫌いじゃない」
「旅の終盤で、ようやく乗り方を思い出すなんて……」






トンネルが見えてきた。



名母トンネルまで登れば、あとは名寄までずっと下り。トンネルはだいぶ暗そうなので、前後ライトをオn……




「あれ?  なんか暗い」
「電池切れかかってるんですよ」


言われてみれば確かに、最後に電池入れ替えたのはいつだっけか。ギリギリボンヤリ路面を照らす光で、どうにか下りきらなければいけなくなった。




「ま、真っ暗じゃないですかぁぁぁっ!?」
「やべぇ結構怖い」


そして予想以上にトンネルは長かった。





トンネル内はずっと下りで、出てからも下り続ける。



しかしひとたびトンネルを出れば、眼下に広がるは名寄の市街地。




「たまには真面目に下りを攻め込んでみるかな」
「待ってました!」


道幅広くて舗装が良く、ただひたすら下るだけの道なんて久しぶりだ。存分に堪能させていただく。緩いコーナーを幾つも抜けて、目の前に現れるストレートで全開をくれてやると、




「ああっ、ギアが足りない!?」
「そういう設定なんですから無理ですよ!」


下りでは50×14で、時速60キロに僅かに届かないくらい。だがそれがいい、下りを全開で走ることのほうが少ないんだ。





麓は農場が点在する北海道らしい風景。



やがて下り勾配も終わり、名寄の郊外を走っていると、弥生方面に分岐する交点に出る。直進すれば一直線に名寄市街、しかしそのとき、鉄道バスが追い抜いていき、躊躇うことなく弥生方面へ右折していった。

見ると、ちょっとした丘越えになっているようだが、




「もはや何てことない」
「ならば行ってみましょう」






弥生方面に右折。



右折し、名寄郊外を南下していくと、そこが弥生地区。桜の有名な弥生公園を過ぎると、道道798にぶつかる。




「ここを左折すると、天塩弥生駅の跡に出ますよ」
「深名線の駅か」


その天塩弥生駅は、こうなっていた。





食堂と旅人宿。






「民宿になっているようです」
「へぇ、いい雰囲気だね」


男女別相部屋のとほ宿に生まれ変わっていた。昼はレストランにもなっているとのことらしい。





当時の駅舎を改造したのではなく、道内にありそうな駅舎をモチーフに再建したそうだ。



母子里への登りはしんどそうだけど、名寄スタートで朱鞠内、というのも面白いかもしれない。そんなことを妄想しているうちに、すっかり風景は名寄の市街地に変わっていた。





曙橋を渡ると、名寄の街はすぐそこ。



時刻は15:00ちょい前くらい。今日はここまでにし、名寄15:50発のサロベツ4号で離脱をする予定。




「そうだ、ちょっと寄り道」
「どちらにですか?」






ここ。北海道名寄市西9条南4丁目13番地、TEL:01654-3-6097



名寄市立病院のちょっと北側に、(株)土井二輪商会がある。道北方面にはオートバイをある程度本格的に修理できるショップがないとのことで、ここがツーリングライダーの駆け込み寺となっているのだが、




「プロスノーボーダー土井隼人さんのご実家なんだよね」
「シャークボーイさんのご実家ですね!」


ライダーであれば覚えておいて損はない情報だろう。

さて、名寄駅には15:10着。走破距離は132キロとなったが、





名寄駅。ここから輪行で深川に戻る。






「今日は軽めだったな」
「いやいやいや、全然軽くないですよ」


おいしい蕎麦を食べれて、大変満足な一日であった。





忘備。出撃日は8月16日だが、輪行のご同業はいなかった。まだ輪行旅はきついか?












TITLE:深名線と蕎麦と夏影と
UPDATE:2020/09/08
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