2012年版ガイドライン 実地踏査シリーズ スキー百本勝負 ほぼ月刊動画工房 ステキなダムn選 トップページ 用語辞典       


267:ヤマイドウ11



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。






本日のルート (powered by ルートラボ)

木古内→福島→白神岬→松前→江差→木古内(実測166.5km)




イントロです。


さて、改元に関連する10連休、皆様いかがお過ごしでしたか(過去形)。

ワタクシめはというと、昨年夏にやろうとして、天気が悪くてボツったネタにケリをつけるべく、青森県は夏泊半島を目指したわけですが、




「海沿いを走るのでしたら、南行のほうがよいのでは?」
「言われてみたら、確かにそうだな」


というやりとりがあって、当初予定していた道の駅七戸ではなく、津軽半島最深部に位置する、奥津軽いまべつに目標をチェンジ。ここから小国峠を越えて青森入り。古川でのっけ丼でも食べて、をぉ、充実したプランが引けたぞ。

そうだ、ついでだから津軽線沿線を通りつつ、ステーションサインもやってみるかな、我ながらいいセンs……





余談だが、津軽線の駅名票は、オリジナルのものになっていた。






「あ、大先生!  6:48の始発に乗ると、8時前に木古内に着けますよ!」








なんだと!? ( Д)゚゚






やべぇ、エルコスさんマジ天才。こうして、気が付いたら奥津軽いまべつ発着の往復乗車券を押さえていた。





余談だが、連休初日は全国的に天候不良。移動日にして、定義油揚げ目的で寄り道をしたりした。






忘備録:奥津軽いまべつ駅の車団地事情






辺境の山奥に突如現れた、近代的な建物。



恐らく、文字通り奥津軽地区のベースとして絶妙な位置にある奥津軽いまべつ。新幹線開業前に津軽今別駅として、それより以前に津軽線津軽二股駅として駅が生まれ、今では新幹線停車駅である。出世したもんだ

その奥津軽いまべつであるが、道の駅が併設されているのと、奥津軽地区(ここでは、今別町とか三厩、竜飛のあたりを差すことにする)の玄関口としてパークアンドライドがしやすいよう、無料の駐車場が用意されている。しかも、屋根付きで。





駅利用者はタダで使えます。



ただし、この駐車場は21:30の最終が出発すると同時に閉鎖され、翌朝6時頃まで出入りができなくなる。これは、車両だけでなく人間もなので、うっかり閉じ込められるとトイレにすら行けない

そこで、屋外の駐車場に停めることになる。幸い、道の駅のトイレは終日利用可である。





なので、夜にもなると車中泊利用者で駐車場は埋まる。



また、長期滞在を考えているのであれば、道の駅に隣接している町内体育館の向かいにある臨時駐車スペースを活用するといい。トイレなどは遠くなるが、気兼ねなく車団地ができるぞ。




「ただ、砂利が荒いんだよな。バラストでも使ってんのか?」
「ちょっ……  こんなところで乗らないでくださいよ!?」


お陰で、死にかかってたクリートに引導を渡したわけだが。





召されたぜ(普通はここまで使わない)。






北の最南端という不可思議


6:48、はやて91号に乗り、青函トンネルへ。





これが北海道方面の始発列車になる。






「まさか、着いて早々輪行袋とは……」
「これも新しいパターンですね」


運搬車が出動するときは、大抵エルコスさんのトランポである。しかし、このパターンも活用していきたい。





トンネル区間はやはり早い。ただし、物足りない速さだが。



さて、さすがに160キロまで認可されただけのことはあり、仮眠をとる暇もないまま、7:25木古内着。





新幹線駅は、いさりび鉄道線の隣に建てられた。



さて、通算11回目のヤマイドウ、どこに行こうかと考えたものの、日帰りでは行ける場所に限界がある。地図を片手にあーでもない、こーでもないとやっていると、




「白神岬はいかがでしょうか?」
「北海道の最南端か」


海沿いに約40キロ走ると、件の岬に到達する。宗谷岬や納沙布岬が名を馳せている北海道の先端だが、最南端だって充分じゃないか。





北海道の南端より。






「そこから海沿いに、江差まで……」
「約120キロになりました」


んで、江差線の遺構を眺めつつ、木古内に戻れば、絶妙な距離で一周できる。エルコスさんに調べてもらったら、走行距離はだいたい170キロくらいになるのだとか。うん、絶妙の極じゃん




「よし、今回はこれで行ってみよう」
「わかりました!  サポートは任せてください!」


頼もしいエルコスさんの言葉は、すぐに現実味を帯びることとなった。そういえば、過去のヤマイドウは、いずれもヤツとの戦いだった。そう、







向かい風。










つまり、こういう状態とは真逆の状態というヤツだ。






「気のせいかなぁ、なんか旗がこっちに靡いててさぁ?」
「現実を見ましょう」


ああ、今日も向かい風とフォーリン・ラヴかよ。




「大丈夫です大先生、わたしがいますから!」
「やべぇ、キュンキュンしておっk……」


全部言い切る前に、エルコスさんの「バカっ!」が来る。これもしきたりさ





さあ、まずはいつも通りの補給だ。



さて、お約束のセイコマ補給のあと、みそぎ浜で津軽海峡を望む。天気はド快晴、これを逃すなんてとんでもない、という状況だ。

そして、R228を西に向けて走りだす。走った直後からわかる、北海道を感じるその鼓動。




「うん、今確かに、北海道を走っている」
「路面の荒れ具合を鼓動と称するのはちょっと……」






木古内のランドマーク。



相変わらず向かい風なのは、この際許す。昨年の夏に不発だった分を取り返すべく、勾配変化の少ない道をアベレージ25キロ台を維持するように走る。




「随分抑えて走りますね」
「なんだか勿体なくてね」


8:00、知内町に入る。かつては、津軽海峡線の駅があり、松前線の駅があった街だ。





カントリーサインは割と短いサイクルで書き換わるようだ。



そんなもんで、ふとした路地をチラ見すると、それとなくアレな雰囲気が。




「あ、わかりました!  わたしにも感じました!」
「いいねぇ、わかるようになったか」






この構図を見て、駅舎がうっすら見えるようなら合格だ!



それは紛れもなく、停車場線を表している。主要の幹線と鉄道駅を結ぶ僅かな距離だが、きちんと道道指定されている道、これを停車場線というが、正しくその雰囲気を残していた。

ただし、そこに鉄路はない。松前線は、昭和63年に廃止となっているからである。まもなく令和の時代が始まろうとしている時期にあって、平成にすら跡を残すことが許されなかった路線だ。

今や、代行バスの停留所となっている渡島知内駅跡であるが、僅かながらその遺構があった。まるで、老兵は死なず、ただ消え去るのみと言わんばかりに。




「大先生!  写真撮りましょう!」
「いや、言いづらいんだが三脚が……」






一応、それっぽいのは撮れた。



お約束の三脚忘れ。しかし、こんなこともあろうかと、車載の予備用三脚は持ってきた。





思えば、北アルプスに出たときに買ってから、一度も使ってない三脚。






「なんかローアングル過ぎませんか?」
「これが今できる限界なんだよ……」


なんかもう1セット三脚が欲しくなったわ。





次の街まで、あと26キロか……



そこからさらに走ると、道の駅しりうちに着く。こちらはかつての海峡線、知内駅があった場所だ。

北海道の良いところは、インナーに叩き入れるような激坂がほとんどなく、あっても距離が短かったり、逆に距離が長いところは勾配が緩めという、自転車にとっては至極走りやすい環境であるということ。ちょうど道の駅しりうちまで、やや緩めの登り坂が続くのだが、




「あ、ギアの使い方が上手になりましたね」
「そうかなぁ?」


あまり重たいギアを踏まないように、ギアのマネジメントを繊細にしてみただけなのだが。





いかにも北海道らしい、という牧歌的な道が続く。



8:40、道の駅しりうち着。とりあえず水分補給だけをして、出発する。




「ここから福島町までは、ちょっとした山越えになります」
「ほう」


この区間だけ、道は海沿いを離れ、山間部に入る。海沿いには道道531号、および532号が通っているが、途中で寸断され、接続されていない。察するに、地形的に道が通せるような場所ではないのだろう。





道の駅では、ちょうど祭りの準備中だった。






「道が通れば、往来が楽になるんだけどな」
「でもきっと、相当な苦難が待ってるでしょうね」


まあ、R228が機能しているので、きっと接続が成されることはほぼないんだろうが。





ちょっとだけ山深くなった。



ちなみに、この道の頂上はトンネルになっている。外から見ても薄暗いので、テールとフロントのライトをオン。




「ちょっと薄暗くありませんか?」
「うーん、しばらく電池を替えてないからなぁ」


これが後の伏線となるとはこの時は知る由もなく。





残念ながら、自転車には優しくなかった。



さて、頂上から延々と続く下り勾配を降りきったところが福島町。元横綱・千代の富士の生誕地である。




「あ、幟が立ってますよ!」
「ちょっと休憩していこう」






道の駅の手前にある、青函トンネル記念館。



9:25、福島町に到着。まずは、青函トンネル記念館へ。よく見ると、バイクラックがある。





自転車の誘致も欠かせない。






「この辺はご同業が多いのかな?」
「新幹線の開業で、アクセスがしやすくなりましたから」


そんな中、ふと見ると、





……おや?






「擬人化のようですね。萌えの波が来てますよ」
「いやいやいやいや……」


擬人化しすぎだろ、キーコってこんなんだぞ!?





イノシシかこれ?(注:和牛だそうです。しかもオス)



そこから5分ほど走ると、道の駅横綱の里ふくしま。横綱記念館が隣接している。





CV:稲葉実






「なんかアンジェラ・Bさんの上司みたいな人がいるぜ?」
「世界に誇る横綱じゃないですか!」


あと、向かいにセイコマがあったので補給もしておく。ここから約20キロほど南下すると、いよいよ白神岬である。





名だたる著名人からの幟。



そして、ここからが向かい風との戦いであった。途中、伊能忠敬の測量起点があったり、





測量界の巨匠は、三厩からこの地に渡り、そしてここから測量を始めた。



雰囲気のあるスノーシェッドが連続したり、





地形的に、これがないと道が塞がれてしまうのだろう。



遠く向こうに竜飛の街を拝んだり、





エルコスさん越しに見えるのが、竜飛の岬。



松前町に入って少し走ったところに、白神岬はある。10:25着。




「大先生、写真写真!」
「いいんだが、人が多い……」


宗谷岬とかと違って、観光地化されていない突端。しかし、家族連れやらツアラー集団やら観光バスの御一行やらでなかなか撮影できず。しかもこちらは三脚がハンデ戦、何とかタイミングをつかんで1枚パチリ。





これでお分かりかと思うが、撮影時には冬用ジャージを脱いでます。






「冬用ジャージ、邪魔だったかなぁ」
「まあ、風が強いので、よかったのでは?」


エルコスさんの言う通り、風は相変わらず強い。三脚の立て方を間違えると、あっという間にデジカメがひっくり返る。





余談だが、ここは宗谷岬ほど観光地化されていない。しかしバスが訪れる。



まだまだ向かい風か、とウンザリしていると、エルコスさんがこう指摘する。




「この先、進路は北上方向になります。ですから、風向きは体感的に逆転しますよ」
「なるほど」


とりあえず、風向きが変わるのを期待して白神岬を出発。10分くらい走ると、右側に鉄道遺構が。旧松前線の橋梁支柱が残っていた。





松前線の遺構。






「地域の足として、残せなかったものなのか……」
「やはり分割民営化の影響は大きいのですよ」


そして11:00、松前町到着。ちょうど、桜の季節だったようで、松前城でイベントをやっていた。





街は結構にぎわっていた。



首都圏ではだいたい4月初頭がシーズンだが、北海道らへんでは今くらいがハイシーズン。今年はちゃんとした花見をしていなかったので、少しスピードを抑えてみた。




「いい雰囲気ですねここ」
「交通の便が悪いのもあるけど、往来がのんびりしてるな」


ふと気が付いたのだが、インバウンドの姿があまりないのである。





道が軽く渋滞するくらいには混雑していたが。



程よく花見を済ませ、さらに行程を進めていくと、左手の海沿いに風力発電用の風車が乱立している地点に差し掛かった。




「風力発電の適地ですから」
「やっぱり風強いんじゃーん……」






きっと年がら年中、風が強いのだろう。



ただ、エルコスさんが指摘した通り、このあとから妙にペダルが軽くなる。薄い上り坂ではむしろ加速する始末。




「風向きが変わった……?」
「ふふ、魔法を効かせたのですよ」


……と、エルコスさんはシャレをぶっこんできたが、明らかに追い風になった。これ幸いと疾走するのだが、




「アップダウンが多くないか?」
「比較的、海岸線というよりかは崖の上を通りますね」






上がったり下がったり。



ただ、追い風なのが幸いして、さほど苦労せずに行程を進められる。時折、小さな漁村をいくつも通り抜けるのだが、それ以外は荒涼とした風景が続く。

その漁村は、たいてい海岸線に近い位置にあるので、行く手に登り坂なんかが見えてしまうと、ついつい本能的に漁村方面へと逃げ込んでしまう。運が良ければバイパス状のアップダウンある現道をパスできたりするからだ。




「あー、またズルしましたね!」
「ズルじゃないって、戦略だって」






たまには国道から外れてみるのも……



まあ、結局は登らされることが多いのだが。

このあたりが風力発電の適地であることは先述したが、とにかく多くの水平軸風車を見た。特に大型のものになると、ものすごい轟音を立てて回っている。風を切る音、というかこれ騒音だろう。




「再生可能エネルギーにも一長一短ある」
「完全なものなんて、この世には存在しないのです」






道以外何もないような場所に出た。



そして、上ノ国までの行程では、電柱すら存在しない荒涼とした風景が連続する。道南といえば、新幹線開業によってすっかり本州の血に染まったものだと思っていたが、いやいやこりゃワクワクできるぜ!  的な楽しみ方を魅せてくれて、予想外の嬉しさだ。





上ノ国町まで来た。



また、風車が多いのと、ちょっと変わった形式の風車があったので、ちょっと撮影していく。よく見ると、大手電力会社ではない企業名が記されていて、発送電分離に端を発する現代の電力事情の縮図を垣間見た。







べしゃっ!









「あああ、大先生たすけてぇぇぇ」
「何オモシロいことしてんのさ」


そして、あまりの風の強さに、エルコスさんがひっくり返っていた。





ひ、ひどい……(それくらい風は強いです)。



そんな商店のない荒涼地帯を13:25に抜け、上ノ国のセイコマで昼食。冷やしラーメンカップは北海道の象徴である。





これを食べると北海道にいることを実感する(ただし茨城でも食べられる)。






奥尻への玄関口より


13:40、江差町に入った。





「日本で最も美しい村」連合に加盟していたらしい。



上ノ国から江差までは、およそ9キロの道程になる。風向きはちょっとだけ変化して、横からの風になった。




「下り勾配なのが幸いですね」
「登りはイヤだねぇ」


そして右手を振り向くと、そこには朽ち果てた鉄橋が。





江差線の鉄道遺構。






「あれ、江差線の……」
「ああ。棄てずに残してたのか」


ところどころに鉄道遺構を見ながら、江差の街に14:00着。江差の街では、かつて海の底に沈んだ開陽丸の展示が成されていて、多くの人で賑わっていた、のだが、





見どころがたっぷりあるってことらしい。









楽しみ方が多彩。






そのあと、奥尻島方面へのフェリーターミナルにも足を運んでみた。今日の便はすべて出航済みだったため、ターミナルは閑散としていた。





ここから奥尻島へと渡る。






「あっ!  見てください、アルプスですよ!」
「本当だ、珍しい」


ツーリング車の王道、アルプスが停まっていた。さて、今日はどちらへ向かうのか。





フロントバッグのみの軽装。しかし、絵になるなぁ。



そのあと、江差名物にしんそばでも戴こうかと街中をウロウロ。そして気が付いた事実、







蕎麦屋がない。









「まじで?」
「全くないわけではないのですが……」


江差町そのものが、それほどにしんそばを推しているわけではないということだが、後の調査で、蕎麦屋よりも







街の食堂






……で食べたほうがてっとり早いことが判明した。




「残念だが、次回の宿題にしよう」
「大丈夫ですか?  宿題が増えているような気がします」


こまけぇこたぁいいんだよ!  とりあえず次は、廃止された江差駅だが……





駅舎はなくなり、代わりに家が建っていた。






「……あっ!?」
「ああ……」


そこにあったのは、町営住宅。その一角に、ここにかつて江差線の終着駅が存在していたことを記すモニュメントが建っていた。駅前のロータリーはまだ面影があるものの、駅舎は完全に消滅。そこには、真新しい町営住宅が建っていて、




「全部、なくなっちゃったんですね……」
「今となっては、このモニュメントだけさ」






ここに駅があったことを示す看板があった。



それでも、まだモニュメントが建つということは、江差駅が江差の住民にとって忘れ難いものであることを証明している。今となってはバスがその役目を引き継いではいるが、それでも我が街から大きな街への連絡、そして首都への連絡路としての手段として、鉄道が住民に愛されていたということを。




「大先生!  写真撮りましょう!」
「ちょっと待ちな。工夫が要るんだよ……」


かつて、エルコスさんはこう言っていた。「写真として残っていれば、わたしがいなくなっても、その追憶は永代に続きます」と。もし万が一、このモニュメントが消失するようなことがあったとき、我々が引き継げばよい。

「ここに、JR江差線の江差駅がありました」と……




「ハイ、大先生、笑って!」
「後ろ姿じゃわからんでしょうが」






ちなみに戦装束は、タコ助野郎さんとこのPaintball 2018年モデルです。



持てる機材をフル活用してコレだ。そこは勘弁してほしい。

さて、名残惜しいが木古内へ戻ろう。道道5号を経て木古内へ至るが、だいたい40キロくらいある。





手前の湯ノ岱まだは、割と平坦に近い登りなので、もう少し時間が稼げそうだ。






「時速20キロで、2時間か」
「目安ができましたね。ゆっくり行きましょう」


自らの過去の経験でどれくらい走れるかが読めれば、そこから平均時速を求めて走破距離を加味、計算すればだいたいどれくらいで走り切れるかがわかるはず。言い換えれば、それが求められれば心の余裕が生まれる、ということだ。

ただし、この予定は大抵の場合、下方修正を強いられる。というのも、




「あ!  大先生、中須田駅って看板がありましたよ!」
「ほう、ちょっと探しに行くか」






かつて中須田駅があった場所より。



こんなふうに寄り道が増えるからである。

道道5号はしばらくの間、登ってるのか平坦なのかビミョーな斜度で進んでいくが、湯ノ岱を過ぎたあたりから登り勾配が顕著になる見込み。ただし、ここは天下御免の







HOKKAIDO






な訳で、登り勾配にはなるものの、アウターで十分イケちゃう斜度なのだ。





全然忍ばない忍者っぽい名前のトンネル(ただし天の川は本当にそういう名前)。






「ですが大先生、わたしには反則級の14-28Tが入ってですね……」
「ロー28Tなら普通にみんな使ってるだろ」


湯ノ岱で、念のためにと買い込んでおいたジャムパンで補給しつつ、残りのルートを確認する。あと10キロほどで峠のてっぺんに着き、さらに16キロ下れば、もう木古内である。




「終わるときは終わるときで、またあっさりだな」
「充実していた、ってことで、いいじゃないですか」






登りの前に、小休止。



そんな訳で、インナー要らずの峠道をすいすい登っていくと、あちこちで路線改良が行われているのに気づく。これはアレだな、江差線が廃止された代替で、江差と木古内間のアクセス路として機能させるためのものだな。




「なので、峠の部分も新しいトンネルになってますよ」
「旧道は閉鎖か」






あちこちで、道路を直している。



たまにクルマの往来があるほかは、なんとなくクマ出てきそうな雰囲気の登りをこなすこと暫し、16:25、新吉堀トンネル着。道はここから木古内まで下り基調になるので、今日の山場は全部終わったことになる。




「お疲れ様です。もうちょっとでゴールですよ」
「うん、去年の夏の借りは返せたな」


ちなみに、トンネル手前には、閉鎖された旧道への分岐があり、自転車であればイケそうな気がするg……





もちろん閉鎖されている(オフ車ならすり抜けられそうだが)。






「ダメダメダメダメ、ここドコだと思ってんですか!?」
「少なくとも三毛別じゃないが、それに近い場所だな」


まあ、人の往来がなくなった場所には入り込まないほうがいい。一応、この周辺はヒグマ生息地域なのだ。





ホントに最近できたトンネルらしい。



という訳で、これからトンネルを潜りm……




「エルコスさん、大変だ。電池切れた」
「はぁっ!?」


フロントライト2灯、どちらも光らなくなった。まあ思えば、最後に電池替えたのいつだっけ?




「抑速!  絶対に飛ばさないで!」
「吹っ飛んで御陀仏はこちらだって御免だ」


フロントライトがないと、トンネル内は漆黒に等しい。特に開通年度の古いトンネルなんかだと、本気で足下が見えないので、ちょっとでも引っかけようもんなら、何時ぞやの杉津ホリディのときよろしく、派手に吹っ飛びかねない。





古いトンネルだと、本気で真っ暗になる。



新しいトンネルだったことに加え、これが最後のトンネルだったのが救いだった。帰ったらちゃんと電池交換しよう。





木古内に戻ってきた。






北の玄関口より


下り基調の道を、アウタートップで踏んだり回したりすること暫し、17:000には木古内に戻ってきた。間もなく新幹線の高架を潜ろうか、というあたりで、右手に何やら面白いものを発見。





駅、だって?(もう廃止されたんじゃ……?)






「トロッコだってさ」
「江差線の線路跡を使った施設ですね」


ちょっと寄り道していこう。





新しい観光名所ができていたようだ。



道南トロッコ鉄道は、エルコスさんのいう通り旧江差線の渡島鶴岡駅を改良し、その前後区間を人力、もしくは動力付きトロッコで走れるというものだ。仁宇布にあるアレと同じやつだ。




「ただ、終発は早いですね。今日はもう営業終了のようです
「ほんとだ」


ちなみにこの路線、平成鶴岡駅という駅があるのだが、この名前の駅は2か所存在する。現在あるほうの駅は、かつて新在分岐前駅という名前であったが、改称して現駅名になった。では、かつての平成鶴岡駅はというと……





公式サイトより引用。まあ、こうなるよね。






「ま、まあ……  時世ですし、流行りですしね」
「ある程度予想はついていたが」


もうお分かりのとおり、令和鶴岡駅の前身である。





ちなみにこの駅名票は、有志によって作られた(詳細は「天ノ川駅」でググれ)。



さて、来ないトロッコを待っていても仕方ないので、木古内駅を目指す。といっても、目と鼻の先なので特に話題はなく、17:25木古内駅に到ちゃk……




「なんか地酒売ってる酒屋があるな」
「立ち寄るんですね」


このあと運搬車を動かすから試飲はできないが、モノの試しに買っていこう。





オリジナル銘柄「みそぎの舞」を販売する東出酒店。



さて、今やすっかり北の玄関口となった木古内であるが、かつては道南の小さな街でしかなかった。津軽海峡線に加え、新幹線開業で、今やすっかり出世した感じだ





本日の走行、実測で170キロを超えた。



そんな木古内を応援する、町民からのメッセージパネルがあったのだが、





ガオー、じゃねーだろwww






「ヒグマは住民じゃねぇだろwww」
「まあ少なくとも、住民税は収めていないでしょうね」






いよいよ個の特定すら諦めたな。









野良じゃねぇかwww






このほか、寺の飼い犬なんかもあって、大変ウィットに富んでてよろしいんじゃないかと。

さて、そんな素晴らしいヤマイドウであったが、最後の最後で注意点があった。それは、







停まる本数が少ない






ということ。2019年現在、8往復16本しか停まらないうえ、そのうち何往復かは奥津軽いまべつに停車しない。本数だけなら地方交通線レベルだ。




「次の列車は、1時間以上待ちですね」
「酒ナシだとこりゃキツいな」






それでは奥津軽いまべつに戻ろうか。












TITLE:お手軽ヤマイドウ
UPDATE:2019/05/04
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/267_yama11/yama11.html