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239:エルコスさん日記9〜脚慣らしに渋〜



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。






本日のルート (powered by ルートラボ)

天狗山→白根山→渋峠→白根山→天狗山(実測36.8km)




大先生の日記


「さて、行くか……」 私は鞄を引っ提げて、職場を出た。時刻は17:00、こんな時間に退勤できるようなホワイト企業に勤めているわけではないが、今日は無理を言った。 各駅停車しか停まらない最寄駅から、赤い電車に乗っかって、いつもとは違う電車に乗っかって。平井の駅に着いたのはきっかり一時間後だった。 商店街を歩きながら、さて何て声をかけてやろうかとか、でも下手に声かけられるのイヤがるだろうなあとか、そんなことを考えているうちに、京葉道路の交差点まで来た。 「あ、いけねぇ」 代金をおろすのを忘れた。近くのコンビニでまとまった金をおろした。 さて、改めて京葉道路を渡り、お世話になっている自転車屋の前まで行くと、そこに彼女がいた。 「おかえり」 「た、ただいま……」 ちょっとバツが悪そうな、彼女が。 「おー、綺麗になった」 「ちょっ…… そんなにジロジロ見ないでくださいよ」 エルコスさんは恥ずかしがるが、こちらとしては、その仕上がりが気になっていた。 3月に山陰を旅し、帰京後に洗車していた時に発覚した、チェーンステーとシートステーの溶接部に発生したクラック。幸い、保証は永年なので修理費用はかかっていないのだが、5月には恒例の佐渡が控えていて、修理が間に合うかどうかヒヤヒヤした。結果、大型連休はフイにしたものの、ギリギリ佐渡に間に合った。 ひん曲がっていたフロントディレーラーと、振れまくっていたホイールをギンギンに締めてもらい、完全な状態で店を後にした。3月の時は一人だったけど、今日は二人…… いや、一人と一台だった。 「大先生、ご迷惑をおかけしました」 京葉道路を西に走らせながら、エルコスさんが言った。相変わらず、バツが悪そうではあった。 とはいえ、クラックが入ったまま乗り続けて致命傷にでもなれば、それこそ大事だ。乗れなかった間はウズウズしていたが、こうやって戻ってきてくれたことを感謝しないと。 「これからも走りに行くよ。いいね?」 「もちろんです。どこまでもお供を」 その言葉は、入院明けの身とは思えないほど、力強かった。 そして、今日、私たちは、天狗山にいた。 「ひ、ひ、非道くないですか!?」 エルコスさんのクレームは聞かなかったことにする。こちらも日々の業務の疲れが残っていたけど、そろそろ本腰入れないとヤバいのよ。 天狗山とは、ご存じ草津のスキー場麓にある、無料の駐車場の通称である。きれいなトイレが建ってから、車中泊組が増えたような気がする、あの駐車場である。ここで一泊して、翌朝エルコスさんをスタンバイ、ということは、行先はもちろん、あそこである。 「そりゃあ、わたしが修理されてる間、ずっと乗れていなかったのはわかりますよ。だけど治っていきなり渋峠とか、どんなサディストなんですか……」 「はいはい、行きますよ」 ぐずるエルコスさんに跨り、天狗山を出発したのが8:00である。 ちなみに、来週の佐渡対策として、盲腸特需で購入したキシリウムプロに換装を済ませている。多少の軽量化にはなっていると思うがいかがなものだろうか。ちなみに、 「なんかカッコイイなぁ、黒ホイール」 「あら、似合ってますか?」 コロコロ機嫌が変わってくれるところが愛おしいものだ。ただ、いつものオープンプロよりかは確かにカッコよくなっているように思う。あとは、どれだけ楽に登れるかだ。 天狗山から少し登ると、最初のゲートが現れる。通称「天狗山ゲート」のここは、かつて有料道路だった頃は料金所があった場所だ。今は除雪基地になっているほか、閉鎖区間の境界になっている。ところで、クリートの位置がしっくりしない。 「どうしたんです?」 「どうも内側に向き過ぎている」 拇指球をペダルに乗せることを意識し過ぎて、爪先がだいぶ内側に向いていた。要するに、内股みたいなポジションになっていたので、直進方向に足が向くように調整してみた。しばらくはこれで走ってみて、具合が悪ければまた調整しよう。 スタートから5キロほどは、森林の中を登っていくルートになる。この区間で唯一の林間区間になる。 「大先生、ちょっと飛ばし過ぎじゃないですか?」 「いいの、わざとそうしてるから」 意図的に負荷をかけてみる。フロントこそインナーだが、リヤは2枚残している。ギアでいうと、50×23になる。遠乗りは3月末から実に一月以上ぶりで、峠を戴くのは兵越峠以来だ。あえて重たいギアでもがき、弛んでいた脚に気合を入れてみる、のだが…… 「エルコスさん、大丈夫?」 「だ、大丈夫、です……」 あなたがバテてどーすんのよ(笑)。まあ、復帰戦みたいなものだから、のんびりゆっくり行きましょう。 ところで、先ほど『唯一の林間区間』と形容したこの道だが、この渋峠へ至る道も乗鞍のあの道と同様に、全体を3分割することができる。天狗山から殺生河原までの林間区間、殺生河原から三叉路までの登り区間、そして三叉路から峠までの尾根区間だ。 「その第一区間でヘバっちゃってんだよなぁ……」 「も、申し訳ありません……」 「気にするな。正直こちらも脚が痛い」 やはり、筋肉は豪快に衰えていたようだ。いつも通り、写真撮影タイムと銘打って適度に停車しながらゆっくり登っていく。登りが苦手な人は、この『写真撮影タイム』を有効活用してみると、登りがだいぶ楽になるだろう。 「そのかわり、時間はウンと掛かりますけどね」 「大丈夫だ。10時までに登りきればいい」 ……これが、後にとんでもない勘違いだと気づかされることになる。 8:35、殺生河原ゲートに到着。2017年現在、白根山の火山活動によって、17時にゲートが閉まり、翌8時にゲートが開く、その境界になっている。 すっかり脚を売り切り、ヘロヘロで青葉山レストハウスに飛び込む。面倒くさくて食べなかった朝飯…… 代わりのチーズケーキを、赤缶で流し込む。 「不健康ですよその食事(笑)」 「エネルギーになってくれれば」 もさもさとチーズケーキを食べているところでアレなのだが、この日は天気があまり良くなかった。雲の流れは速いし、ふと気が付くと何やらポツポツ当たるし。おまけに、エルコスさんの調子に加えて私の調子も決して良好とは言い難く、 「ここで引き返すかなぁ……」 なんて弱気なことを漏らしだす始末。 「まあ、今日はしょうがないですかねぇ」 エルコスさんも弱腰。だけど、腐っても自称『優秀なロボット』、すぐさま言葉を紡ぐ。 「まあ、登るだけ登って、どうしてもダメなら引き返しましょう」 体調を見て、白根山のレストハウスあたりで判断しましょう、ということになった。 8:50、殺生河原を出発。ここから第二区間になり、三叉路までの間に硫化水素、振子沢、森林限界、そしてL字登りという4つのゾーンを通り抜ける。その硫化水素ゾーンは、地表から湧き出るガスが本気でヤヴァイので、付近一帯駐停車禁止指定されている。 「い、硫黄臭い……」 「ああ、いい匂い……」 硫黄泉の独特な匂いは、しかし嗅ぎ過ぎると生命にかかわる。 ここからは平均斜度6%程度の登りが延々続く。そして、ここから振子沢までは、縦にも横にもV字形状の谷にへばりつくように標高を稼いでいく。つまり、これから登っていくルートがハッキリと見えるので、 「まあ、ヘコむね」 「気楽に言う事ですか!?」 しかし、天候の問題で、気が付くと霧の中に。 「おお、見えなくなった」 「現実を見てください!」 ゴンドラ下を潜り、物々しい景観の登りをクリアしていく。部分部分で急な斜面はあったが、ゴンドラ下から折り返して森林限界ゾーンまでの区間は、瞬間的に10パーセントを超える登りになる。 「脚に来る」 「出し惜しみしてないでローに入れて!」 ここでようやく、伝家の宝刀28Tに叩き入れる。一気に負荷が抜け、スピードは出ないが脚はクルクル回る、という状態になった。 「ようやく来たか」 「ツボにハマりましたか?」 エルコスさんは理解していた。スピードが出るとかではなく、身体が無理を感じない負荷量で、一定のペースで脚が回る領域があるのだけど、それにハマったのだ。 こうなるとこっちのもので、急勾配をスルスル登って、高い木々が一切なくなる森林限界ゾーンに差し掛かった。このあたり、標高が1700メートルを超え、周囲の視界が広がる場所である。……霧さえなければ、の話だが。 勾配も一旦緩くなり、25Tにシフトアップして、時速10キロ程度を維持しながら登る。もちろん、所々で写真撮影と称し、停まったり走ったりを繰り返しながら、ではあるが。 この日も、後続のご同業とデッドヒートを繰り広げることになったが、お互いに停まったり走ったりを繰り返しているので、互いの間隔はまったく縮まらず。 「しかし、寒い……」 今日は、冬用インナーに冬用ジャケットを身に付けていた。走ると暖かいのだけど、停まると寒い。 「あ、でも、太陽が!」 ふと見上げると、雲の切れ間から陽の光が見えた。それは一瞬で雲に遮られたが、それからあと、L字登りゾーンを抜けた頃には青空が見えるようになり―――― 「晴れた!」 なんと、雲が晴れたのだ。 雲がなくなると、絶好のツーリング日和に早変わり。白根山のレストハウスで登り区間も一段落し、下りに転じた先が三叉路。夜間通行止め区間の境界で、第二区間の終点だ。 「なんだか、行けそうな雰囲気になりましたよ?」 おやおや、さっきの弱腰はどこへやら。とはいえ、残りはたったの4.8キロで、平均勾配も4パーセントあるかないかくらい。全然楽勝じゃないか、と、サイコンの時計を見ると、そこにあったのは、9:50という数字。 「……アレ?」 全然、10時に着くペースじゃない。というか、スタートから2時間が経過しようとしていた。 「じ、時空を超えt……」 「大先生、距離と標高差でいったら、乗鞍とここは大して変わらないんですよ?」 エルコスさん曰く、乗鞍の方が微妙に長くて、数百メートルだけ獲得標高が大きいだけらしい。つまり、今でだいたい、位ヶ原山荘に着いたかそこら、ということか。 「なので、あと1時間は見ましょう。大丈夫、ここまで来れば……」 「確実に、登れるか」 私は決断を下し、三叉路からの第三区間に取り付いた。 この区間は、渋峠の登り区間で最もトリッキーな場所でもある。 登り始めは10パーセント超えの急勾配、そして万座スキー場のリフト降り場を過ぎると勾配が穏やかになり、その先の頂点から山田峠にかけて尾根伝いに下り勾配。そこから九十九折れでラストの登りを処理すれば、国道最高所地点に至る。最後にふさわしく、景観、斜度共に美味しい、……いや、美味死い区間だ。 「そういえば、この時期って雪の回廊が見られる時期でしたね」 エルコスさんが言うとおり、渋峠名物が待っている区間でもある。それ以外にも見所があって、 「たとえば、こことか」 私に促されるまま、視界を向けたその先には、 「うわ」 「私はここを、『サイドバイサイド区間』と呼んでて……」 「バトルギアじゃないところが大先生らしいです」 どこにメーカーロゴを側壁に掲げてる峠あんのよ、と。 そこからしばらく登ると、山田峠へと至る尾根伝いの下りに差し掛かり、 「うわっ! ここすごい!」 エルコスさんがキャッキャ言い出す。確かにここの景色は秀逸で、遠くに見える長野側の道路と相まって、絶景ポイントである。そして、この周辺は5月中旬まで雪が残ることでも知られ、ふと脇を見ると、 「あ、春スキーやってますよ!」 「しかもゲレンデ外でね」 こういう遊び方もできるのだ。 さて、程なくして雪の回廊へ到着。開通当初と比べるとだいぶ雪は少なくなってきたように思うが、それでも、『壁』と呼ぶにふさわしいほどの積雪は残っていた。ということは…… 「写真だなっ!」 「もちろんですっ!」 という訳で、パチリ。そして、後続のご同業が我々を追い抜いて行き、そして同じように停まって、パチリ。さらには、下山してきたご同業も停車してパチリ。 「撮影ポイントだなここ」 「きっと増えますよこれ」 ちなみに、万が一のことも考えて、その手前にあった雪の壁っぽいところで撮影してみたものの、これは不要になった。 さて、ここからは最後の登り区間になるが、コースレイアウトは把握済みなので、いきなりインナーローでスタート。ここは九十九折れの二連ヘアピンで標高を稼ぐのだけど、ここはよく移動局が開設していることが多い。今日も、地面にペグ打って電波を出している局が一つ。 「結構大きいですのあの八木アンテナ」 「まあ、標高が高いからね」 向いている方角からして、群馬側に波を出しているのだろう。うまくすれば、志賀高原側も拾えそうだけど。 そしてヘアピンを越えて登り続けること5分、ようやく登り勾配が終わった。 「来ましたね!」 「ま、時間はかかったけどね」 我々は、国道最高地点に到達した。……まあ、要するに、シバいた。 県境の上に建つホテルでお馴染み渋峠だが、ここは国道最高地点からほんの少し下ったところにある。緩やかな勾配を駆け下りていくと、突然視界が開け、目の前では春スキーに興じる方々がわんさかと。 「すごい、乗鞍みたい」 いやいやエルコスさん、逆の視点で見たらきっとこう言うよ。「渋峠みたい」と。 ちなみに渋峠の標高は2100メートルほど。積雪が豊富なら、5月の大型連休を過ぎてもまだ滑れる。もっとも、気温が高すぎて雪はメタクソ重いのだろうが。そして、こんな状態ではとてもじゃないが横手山のヒュッテには到達できない。 「仕方ないから渋峠でパンでも食べよう」 「あらー、残念」 もっとも、渋峠のホテルでもパンを焼いてくれるし、おみやげが買えたりするのでここはここでありがたかったりする。前回は10月に訪問したので横手山まで上がれたが、この時期はここらで我慢しよう。 「という訳で、ちょっと留守番してて」 「わかりました。行ってらっしゃいまし」 「……インディーに襲われるなよ」 「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」 ホテルの看板ワンちゃんは、今日も愛嬌たっぷりだった。まあ、金属の味しかしないエルコスさんにじゃれつくことはないとは思うが。 そんなイジワルをしていたバチが当たったのか、なんとパンは売り切れてた。 「なんだとぉぉぉっ!?」 「因果応報ですっ!」 泣く泣く、補給食のクリームパン(コンビニで購入)と、瓶コーラで一服した次第。ちなみに、晴れてはいるけれど霧で太陽が隠れると、恐ろしい勢いで冷える。 「それで暖炉が……」 「あー、生き返る……」 渋峠も無事にシバいたので、国道最高地点の碑でも詣でて下山しようか、とか思ったら、ツーリングライダー集団とカチ合い、順番待ちのためしばらく待機する。そうこうしているうちに、辺りは霧まみれになった。 「さむい」 「どうしてこういう時に指貫で来るんですか!?」 それは簡単な答えだ。単に忘れただけ。 ようやく順番が来て、手短に写真に収めた。慌ただしい撮影ではあったが、まあまあな写真は撮れた。 「さ、それじゃ下ろう」 という訳で、まずは山田峠まで一気に下る。このあたりは尾根伝いに道が伸びていて、群馬県側も長野県側も、晴れているととても良い景色になる。 「あ、見てください大先生! 雲海ですよ!」 エルコスさんが指す先、長野県側に見事な雲海が見えていた。そして、遠くにうっすらと、北アルプスも。 そういえば一年前の今くらいの時期、我々は嶺方峠にいた。今年は行けそうにないが、それでも近いところには立てた。 「きれいだな……」 と、私はつぶやき、そして、 「いつまでも、丈夫でいてくれ」 と言ったら、 「そこは『元気』で良いと思いますけど?」 そう言って、エルコスさんは笑った。というか、笑われてしまった。 帰路はこの先、三叉路手前の登り返しと、三叉路から白根山レストハウスまでの登り返し、二ヶ所の登りが待っているが、距離は短い。そして、白根山レストハウスを越えてしまえば、あとは草津まで下り一辺倒だ。 「もう言いませんからね!」 卑猥な話と♥の件、まだ根に持ってたらしい。大丈夫、新しいドレスの威力を存分に楽しませておくれ。 下山中、おそらくは早朝出発組と思われるご同業と多くすれ違い、いよいよ自転車のシーズンだな、なんてことを感じながら草津へと降りたのだが、あれだけ良い天気だった渋峠とは裏腹に、草津の街は今にも泣き出しそうなほどの曇り空だった。





エルコスさんのマイピクチャ




天狗山にて、ここから登頂。

天狗山ゲート。

ゲレンデ脇をとにかく登っていく。

この看板が見えたら、もう少し。

殺生河原ゲート前。これから荒涼地帯に挑むよ。

こんな具合でガスは常時出てる。

崖沿いにぐるりと回り込みながら標高を稼ぐ。

この区間がかなりきっつい。

今登ってきた道。いきなり標高が跳ね上がる。

ご同業とともに、交通量も増す。

名物、L字登り。

白根山まで来たら、天気は回復した。

峠のてっぺんまでは、いくつか自治体を跨ぐ。

結局使わなかったウソ雪の回廊。

春スキーだって至る所で。

天空へと至る道。

雪の回廊

国道最高地点とエルコスさん。

Now on air!

峠へようこそ!

暖炉に薪がくべてあった。

パンが売り切れてたorz

ホテル全景

今日のお召はペダルたん

生きて帰れるのか……?

ここは何度見てもSBSにしか見えない(笑)








さあ下山するかー。






エルコスさん日記9のテキストファイルはこちら。いつも通りの塩対応だ!










TITLE:渋峠・リローデッド
UPDATE:2017/05/15
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/239_shibu/shibu.html