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幕間〜魔法〜


十勝西縦貫道を南下し続ける大先生は、焦っているようでした。 予定より1時間以上の遅れ。その上、微妙な向かい風で思うように速度が出ない。さらに運のないことに、借り物フォークを組んだ際にハンドル角度をやや下向きにセッティングしてしまい、ハンドルに体重が乗っかるようなポジションになって、上半身が悲鳴を上げていました。 遅々として進まないので、何とかしようと踏み込んで、それでも加速しなくて、さらに疲労。今の大先生は、そんな状態でした。



終わりが全然見えない。



「もーやめたーっ!?」 大先生が駄々をこねましたが、まあ、そうでしょうね。わたしもついかっとなって、 「ダダっ子ですかあんたは!?」 ヒドイことを言ってしまいました。まあ、大先生はそんなことで傷つくような人ではないのですが、言った後でちょっと自己嫌悪してしまいました。 ただ、大先生は肝心なことを忘れてしまっているようなので、それは何とかしないといけないような気がします。わたしは、罪滅ぼしのつもりで、 「じゃあ、今回だけですよ」 そう言いました。 「魔法かけてくれるの?」 大先生が、期待のまなざしでわたしを見ます。状況的に苦しいとき、大先生はわたしの能力を期待することがあるのですが、残念ながら、今回は魔法なんかじゃないです。 わたしは意を決し、言いました。 「手前の忠類に、無料のキャンプ場があります」 「……はい?」 鳩が豆鉄砲くらったような表情で、大先生が返します。 「あと、日帰り温泉があって、近くにセイコーマートも……」 「ちょちょちょちょちょっ!?」 大先生が慌てます。そのはずです。わたしが提案したことは、紛れもなく「下方修正」なのですから。



ナウマン公園のキャンプ場。良さげな場所を確保できた。



「それって、手前で打ち切るってこと!?」 「はい。……とりあえず言いたいことを言いますから、ジャムパン食べながら聞いてください。 わたしが言うと、大先生は大人しくなりました。とりあえず、もぐもぐと。 「今のままでは晩成温泉に到着する頃には、完全に陽が落ちてるはずです。大先生の今の状況から考えて、そこまでは持たないはずです」 もぐもぐ、うんうん。 「そのうえ、晩成温泉の周辺で、そんな時間までやってる商店はなさそうです。ということは、仮に到着しても、空腹のまま寝ることになります」 もぐもぐ、うんうん。 「それなら、距離を短縮して、明日に備えた方が現実的です。大先生が晩成温泉に行く理由は、ビビーサックの運用がしたい、ということだけですから、忠類のキャンプ場でも良いはずです」 もぐもぐ、うんうん。 「それに、これは、その…… ちょっとキツいお言葉になるのですが」 もぐもぐ、うんう…… うん? わたしは言いました。 「もっと自転車の旅を楽しめ」



とても大切なことなので、よく覚えておきましょう。



ふたたび、大先生の表情が鳩と豆鉄砲になりました。慌てて赤缶に手を出したところを見ると、驚きのあまりジャムパンを詰まらせたようです。 つっかえたものを流しこみ、一息ついた大先生に、わたしはダメ押しで、 「以上です。わかりましたか?」 にっこり微笑みながら、そう迫りました。言葉にすると語弊がありますが、そこまでしないと大先生は十中八九、いや、十中九十くらいで無茶をしますから。 しばらく、ポカンとしていた大先生ですが、やがて表情が緩み、 「確かに、そうだよな……」 すべてを悟ったような声で呟きました。 予定を消化するのではなく、臨機応変に旅の行程をいじくる。これも旅の楽しさです。忘れかけてた何かを、大先生は思い出してくれたようです。 やがて、ジャムパンと赤缶を胃に流し込んだ大先生は、立ち上がって大きく背伸びをしました。 「行こうか」 「行きましょう。暗くなる前に」 こうしてわたしたちは、目的地を変更して忠類へ向けて出発しました。 結果、無事にビビーサックを張り、夕食にありつけ、気持ちの良い温泉に浸かることもできましたが、まさか、漫画家の荒川弘先生のご実家が忠類にあるという情報まで手に入れるとは思ってもみませんでした。 「下方修正だって、悪くないでしょう?」 ドヤ顔で迫るわたしに、大先生は苦笑いを浮かべました。というか、苦笑いしか浮かべようがなかったようでした。



清川のAコープ。ここに救われた。ジンギスカンの白樺は、宿題にしよう。






次の日へ。












TITLE:幕間〜魔法〜
UPDATE:2016/07/24
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