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217:エルコスさん日記4〜この世の地獄〜



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。







パンを食べに行くという体で。



渋峠のルート (powered by ルートラボ)


「大先生、今日はどちらへ?」 もはや定位置となった、運搬車の荷室から、わたしは大先生に訊いてみました。 ……迂闊でした。まさか、高速を100キロ近い速度で運転している大先生が、こっち振り向くなんて考えてもみませんでした。 「以前からやってみたかっt……」 「ダメですよ脇見運転は!」 危ない危ない。こんなところで事故なんて起こされてはわたしも困ります。結局、大先生は前を見ながら、わたしの質問に答えてくれました。 「まずはこれから、草津に行く」 「草津、ですか? また何で?」 わたしの問いに、大先生はさらに言葉を続けました。 「だから、以前からやってみたかったことをやる、って言ったでしょう」 「?」 どういうコトでしょうか。 草津といえば温泉。……と町営プールくらいしか用はないはず。それに、まだ秋口なので、スキーという訳でもなさそうなのですが。 高速を降りて、草津方面へ。R145を西に進んでいくと、やがて現れる、草津までの距離看板。八ッ場ダムの工事によって完成したバイパスのお陰で、一度も交差点を曲がることなく、草津の市街まで行くことが出来るようになりました。 ……と、電光掲示板に、長野方面への通行規制が書かれているのを見つけたとき、わたしの中に閃くものがありました。 「まさか、あそこに行くおつもりですか?」 「そう、あそこに行くおつもりです」 大先生がそう答え、わたしの脳裏に、はっきりと一つの答えが浮かびました。その名は、『渋峠』。 「はぁ…… その発想はなかったです」 わたしは感嘆の溜息を洩らしました。普段、大先生は登りの行程を避ける傾向にあり、自ら登りの行程…… しかも、ほぼ登りしかない行程を選ぶことなんて、そう滅多にないのです。 「珍しい?」 「はい。だって大先生、峠はイヤだって散々仰ってたじゃないですか」 「それがねぇ、時々、発作的に行きたくなっちゃうんだよね」 苦笑いしながら、大先生はそう仰いました。わたしの脳裏にもう一つ、登坂症候群《ヒルクライム・シンドローム》という単語が思い浮かびましたが、それは声に出さないでおきました。 さて、深夜2時を回ったくらいに、いつもの駐車場、こと天狗山第一駐車場に到着しました。無料で利用できるうえに、温泉街から離れているので、大先生は昔からちょくちょく利用させていただいたところです。今宵も、大先生と同じ考えを持った方々がクルマを停めて、既にお休みのようです。 「……んじゃ、寝るから明るくなったら起こしてくれ」 そう言って、大先生はわたしの横にゴロンと寝転がり、そのまま布団をかぶって眠ってしまいました。文字だけで見ると、添い寝という言葉がしっくりくるシチュエーションですが、生憎わたしは手すりに固縛され、大先生はお手製のベッドの上で爆睡。おひとりさまによくあるスタイルで、夜を明かしました。



晴れました。



明けて翌日―――― 「大先生、朝ですよ」 わたしの声に、大先生はムクリと起き上がりました。その様は、すっかりオッサンです。 「悪かったな」 「あら、聞こえてましたか」 大先生は、慣れた手つきでベッドの下からパスタとストーブを取り出し…… たかと思ったら、 「作らないんですか?」 「ちょっと人が多すぎるんだよね」 あまり人気のあるところで、堂々と煮炊きするのは気が引けるようです。結局、大先生は朝食を諦め、いそいそと『山登り』の準備を始めました。 草津の天狗山をスタートして、R299をひたすら登っていくと、おおよそ18キロほどでゴールの渋峠に辿り着きます。獲得標高としては、900メートル程でしょうか。 「まあ、2時間ちょいで着くでしょう」 と、大先生。火山活動の影響で現在は開催されてない、ツール・ド・草津という大会では、この区間の途中、白根山のレストハウスまで、大先生と同年代の方が37分で走り切ったというデータが残されているようです。 「まあ、レースじゃないしね」 「文字通り、山登りという感じですね」 「あまり急がずに、景色を楽しみながら走ろう」 そんな訳で、サドルバッグに防寒具などを詰め込み、あと、朝食を食べそこなったので、念のための補給色として赤缶を2つ詰め込み、8:30に登坂を開始しました。



天狗山ゲートより。



かつては有料道路の料金所があったという天狗山のゲートを越えると、早速まあまあな登り勾配が現れます。大先生もインナーに落とし、できるだけ回転を上げないようにじんわりと登っていきます。 「巷ではハイケイデンスが流行ってるようですけど」 「まあレースとかなら有効なんだろうが、私がそれやると一発で心臓が終わる」 なんて物騒な会話をしながら、どんどん標高を稼いでいきます。時速だいたい10キロくらいで。 大先生曰く、このあたりに『ヒルクライムの罠』が潜んでいるとのことで、平地で爆走する人に坂を登らせると、その速度差に変な誤解を生んでしまうのだとか。 「俺はもっと速いはず! なーんて言って、オーバーペースになるの」 するととたんに足がやられ、心臓がやられ、ぶっ倒れる、と。 「なので、平地と登坂で自分の実力がどの程度か、ってのは、感覚で知っておいた方が良いと思うね」 「なるほど、その結果がこの時速ですか……」 「いいんだよプロじゃないんだし(笑)」 なんて会話を、展望のない区間じゅう、ずっとしていました。 渋峠周辺は、森林限界を超えていて高い木々が見当たらないようなイメージがありますが、天狗山と殺生河原のあいだは、まだまだ木々は健在で、展望がありません。しかし、季節は秋、そこかしこが紅く色づきだし、目の保養には申し分ありません。気温も、自転車で走るには心地よい温度です。



ご同業もちらほら。



「あ、ご同業に抜かれましたね」 「いいの、こっちは撮影中だから」 出ました。大先生の必殺技、『撮影中のフリして休む』。極めて合法なサボリです。 「サボリゆーな」 「まあ、知らない人が見たら、サボってるようには見えませんね」 ただ、わたしが思うにこの作戦、極めて有効だと言えます。登坂途中で足を付いて息を切らす様はあまり美しくありませんが、涼しい顔をして写真を撮っている様は、どことなく優雅さを醸し出します。 このあたり、ヒルクライムが苦手な方とか、真似してみてはいかがでしょうか。 さて、撮影と称した休憩を挟みつつ、さらに標高を上げると、突然目の前が開け、スキー場が飛び込んできます。ここが殺生河原で、レストハウスなどがある補給ポイントです。 先述の通り、白根山の火山活動によってこの先のレストハウスは閉鎖中。ここで補給できないと渋峠までエサなし、というひもじい状態になってしまいます。大先生もそれは勘弁、とばかりに、レストハウスへ。



殺生河原のレストハウス。



「ちょっとメシ食ってくる」 「はい、行ってらっしゃいまし」 そうしてレストハウスに入っていった大先生。わたしは壁にもたれかかって、しばしの休息。そして、3分と経たずに戻ってくる大先生。 「どうしたんですか?」 「メシは10:30かららしい」 ちなみに只今、9:12…… いたく落胆した様子の大先生は、赤缶と味付きのアレで飢えを凌ぎました。 「味付きのアレじゃわからん、ちゃんと味付きザ…… ぐへっ!?」 「大先生! ウチのサイトは(一応)全年齢対象なんですよ!」 ああごめんなさい大先生。思わず手が出ちゃいました。でも、これは不可抗力ですよね(笑)。 ここからは視界が開け、雄大な景色が楽しめる区間。その最初となる箇所は、駐停車禁止の看板が。 「……硫黄臭いですね」 「時々ガスが溜まるらしい。まあ、このあたりは窪地じゃないから、いきなり死んじゃうなんてことはないんだろうけど」 大先生曰く、『本気で危ない窪地』は実在するらしいです。幸い、近年死者は出ていないようですが。 荒涼とした景色が広がる中、交通量が増えた道を、辛抱強く時速10キロで登っていきます。正確には、時速10キロをできるだけ維持しながら。 「ん、今日もいいアシストだ」 なんて大先生は仰りますが、もう一つ隠し玉が良い仕事をしているということをお忘れなく。 現在のわたしの脚、ことオープンプロの手組ホイールですが、先日ベアリングを打ち替えました。といっても、球受けが金属なのでセラミック球では効果がなく、G3という高精度の鋼球をチョイスし、グリスもマル秘のよく回るやつにしました。いろんな人からプラシーボだ、とよく言われますが、とはいえ、クランクを停めたときの伸びは、確かに違いが判るのです。 結果、大先生は時速10キロをずっとキープしながら、下界が見渡せるポイントまで来ました。そして、写真撮影。



森林限界を超えて。



「なかなかいいペースで来てる。脚も腰も痛くないし」 「それは何よりです」 「ただ、ハラが減った」 「赤缶飲んどいてくださいね」 木々が生えなくなってすっかり禿山となった景色を横目に、ようやく勾配が落ち着いてきたな、というところが、白根山のレストハウス。先述の通り閉鎖されていて、もしかしたら何か食べられるかも、と淡い期待をしていた大先生はちょっとガッカリ。それにしても…… 「警戒、厳しいですね」 わたしは言いました。大先生は、 「御嶽山の一件で厳しさが増したんだと思う。……まあ、これが今取りうる最善なんだろう」 やるせなさを含みながら、そう言いました。 きっと言いたいことがあるのでしょうが、誰に聞かせるわけでもないから言わない、というのが大先生の性格。わたしもそれ以上は深く聞きません。



白根山手前。見るからに荒涼。



道はここから、わずかな区間ですが下りになります。大先生はここぞとばかり飛ばします。フロントブレーキアンダーが出ることを体験的に学んだようで、コーナリングでは積極的にリヤブレーキで調整し、クイックに曲がります。 「イイ感じですね」 「ハナの入りがすごくいい!」 「でも、握り過ぎに気を付けてください。この速度だと吹っ飛びますよ!」 「ああ、できるだけ気を付ける」 ……なんて大先生は仰いましたが、残念なことに下り坂はすぐにおしまい。万座温泉との三差路からは、ふたたび登りです。しかし、これもすぐにおしまい。 三差路からゴールの渋峠までは、嬬恋、草津、中之条と3つの自治体を通り抜け、アップダウンを2回繰り返す、というような構成になっています。最初の登りを越えて、尾根伝いに進み、やや緩い下り勾配を降りたところが、山田峠という小さな峠。そこからガツンと登り、国道最高所地点を通過してからは、渋峠までの薄い下り勾配、という感じです。 「山田峠…… 聞いたことなかったですね」 「実は私も、ちゃんと見たのは初めてなんだ」 一迅社から出ている、某ツーリングガイドによりますと、中之条と草津の境となっている峠のようです。確かに、地形的にこのあたりだけ他と比べて窪んでいて、もし仮に道を通すならココだな、という感じです。あと、ここには中央分水嶺がありました。



中央分水嶺の峠。



「あ、あそこに道が」 ふと見ると、遠く山向こうに、スノーシェッドらしきものが。 「あー、あれは違うな」 と、大先生。わたしもそれはすぐに判りました。確か、群馬県側にはスノーシェッドはなかったはず。ということは、 「渋峠直下の、長野県側の道だ」 「ゴールはすぐそこ、ですね」 アレが見えた、ということは、渋峠まであとちょっと、ということ。さあ、気合を入れて、最後のS字に取り掛かりましょう。 相変わらず時速10キロを維持しつつ、後続の自動車にも迷惑をかけないように走ること5分、最初のヘアピンをクリアします。ああ、ご同業がいっぱい(笑)。 「まあ、メッカだからねここは」 と、大先生。わたしは、その中でも巨大なアンテナを建造中の一団に興味が向いてしまいました。 「移動局もメッカなんですか?」 「そういや昔からよく見かけるね」 確かに、このあたりなら標高も高いので波の出入りは良さそうです。この日は、グランドプレーンが二本、建造されていました。 さらに登ること5分。峠側から降りてくるご同業の数も多くなってきたころ、唐突に勾配が下りに転じました。ここが、国道最高所地点のようです。……が、 「あれ、大先生、通り過ぎ……」 「混んでるから帰りに寄る」 なるほど。確かに、狭い駐車スペースにクルマがごった返してて、本線にまで影響が及んでいます。まあ、峠からはすぐそこ、という距離なので、帰りに寄るのも良いでしょう。という訳で、10:42渋峠到着。休憩込みで2時間12分でした。



渋峠を狩ったぞ。



ホテルのパン屋で、待望の補給を果たした大先生ですが、なぜかウズウズ、ソワソワ。 「どうしたんですか?」 わたしが聞くと、大先生はこう言いました。 「横手山できのこシチューが食べたい」 「……は?」 そして、横手山へ向かうペアリフトに乗車してました。 「さーむーいー!」 「ガマンしてください大先生、防寒具着てるでしょ?」 「風が冷てー!」 標高2100メートルの渋峠から、さらに200メートルほどリフトで上がるのです。おまけに、周囲は風を遮るような木々はなく、冷たい風がモロに吹き付けるのです。大先生は奥歯をガリガリすり減らしておりましたが、何とか歯がなくなる前に、横手山に到着。山頂ヒュッテでご自慢のきのこシチューセットを戴くことが出来ました。 「できれば、FZIとかメニューに載せてほしいですね」 「……誰得?」 だって、そりゃわたしだって一緒に食事したいですよぉ。 ちなみにきのこシチューセットですが、高所でパンを焼くには適さない場所にもかかわらず、最高の焼き加減で仕上った奇跡のパンと、焼き立てアツアツの絶品パンシチュー、それにサラダがついて1600円でした。サマーシーズンは渋峠からのリフトか、長野県側からだととても長いエスカレータで行くことが出来ます。



そういや来るたびにコレ食べてるな。あと、ボルシチもうまいぞ。



すっかり温まった大先生ですが、再びリフトに乗ると、 「さーむーいー!」 「わかりましたってば!」 これなんですよ。



渋峠に戻ってきた。



国道最高所地点を撮影したわたしたちは、今までの登りで溜まった鬱憤を晴らすかのように天狗山までの下りを、文字通り『滑降』しました。登りで2時間、下りで1時間切りって、……アレ、どこかで似たようなシチュエイション(笑)。 天狗山に戻ってきてから、ちょっとした用事を済ませ、わたしは再び荷室へ。 「大先生、まさこれで終わりではないでしょうね? 休日はあと二日ありますよ?」 「もちろん。次は小熊山に行く」 おお。あのロングライダース御用達の、木崎の絶景ポイントへ行かれるのですね。 「こうなったら三日とも、ぜんぶ山登りだ」 「やたー!」 ……なんて、喜んでいたのですよ。この時は。



白根山三差路。交通量が増えてきたな。



明けて翌日。鹿島槍の駐車場にて。 わたしは、天井から聞こえるボタボタという音で目が覚めました。 「大先生?」 「ああ。見てわかる通り、雨だな」 そう、天気は打って変わって、雨だったのです。 「恐らく、小熊山まで登ってるうちにカゼ引くだろうし、たぶん展望はないと思う」 「で、しょうねぇ……」 試しに運搬車で、例のテイクオフ地点まで行ってみたのですが、このざまでした。



カメラの故障ではありません。



「という訳で、小熊山はキャンセルです」 「ああ、残念……」 「そのかわり、明日は天気が良さそうなので、請うご期待」 「どこへ行こうとしているのやら……」 誰もいない駐車場に陣取り、昨日は食べられなかったパスタをちゃちゃっと平らげ、私たちは南下を始めまs…… 「きゃぁぁぁぁっ!?」 べしゃ。衝撃でわたしは横倒しに。 「ひ、ひどい……」 「スマンスマン、固定が甘かった」 大先生は、わたしを簡単に乗せられるキャリアを考案中、とのことでしたが、できれば早く作って欲しいです。 ちなみに、大先生の運転が乱暴なのか、はたまたR158が荒れているのかは定かではありませんが、そのあともわたしは右に倒れて左に倒れて。 「だいせんせぇ……」 「……ごめん」 いくらチタンボディの頑丈な身体ってもねぇ、大先生? ところで、今わたしたちが、どこへ向かっているのかというと、R158ということからも判る通り、乗鞍の方角です。そのことを指摘すると、 「実は、最初は周回ルートを考えてた」 曰く、鈴蘭からエコーラインで畳平に上がり、そこから平湯、安房峠、中の湯まで降りたら、釜トンネルを往復して沢渡へ降り、白骨温泉を経由して鈴蘭へ―――― 「デスライドと名付けy……」 「バカなんですか!?」 思わず声を上げてしまいました。試算してみたら、このルートだと走行距離85キロ、獲得標高約2800メートルという、正気の沙汰ではないものが出来上がりました。 「まさか、本気じゃないでしょうね!?」 「さすがにそれは無理」 と、大先生が言うので、わたしはホッと胸を撫で下ろしました。 いいところ、鈴蘭から畳平までの往復だろう、という結論になったので、わたしたちは乗鞍、鈴蘭にあるバスターミナル駐車場へ。近年、利用者のマナーが悪いとのことで、至る所に野宿禁止の看板が立っていますが、 「確かにマナーは悪くなってるな」 と、大先生。夜中に大騒ぎしたり、一晩中エンジンつけっ放しにしたり、昔はこんなにマナー悪くなかったんだけどなぁ、と、大先生は寂しそうにつぶやいていました。 わたしたちは、やたら広い運搬車の荷室を活用して、さらっと夕餉を食べてから、早々に眠りにつきました。賑やかな声に交じって、強い風が吹く音がしましたが、わたしたちは祈るしかできませんでした。 どうか、明日は天気が回復しますように。それと、お願いだからもうちょっと静かにしなさい外野、と。



缶詰だって温めればちゃんと食える。






山を登りに行くという体で。


乗鞍のルート (powered by ルートラボ)


明けて翌日、あまりの寒さに大先生がせせらぎの湯に駆け込んだ、ということ以外はおおむね順調に朝を迎えました。 早朝からの登頂を考えましたが、大先生曰く、「寒いからヤダ」とのことです。……まあ、時期を考えても、暗いうちから登るのは得策ではありません。ちゃんとお日様が出てから登ることにしましょう。 そうこうしているうちに、外はすっかり明るくなりました。大先生はわたしを準備しつつ、手慣れた様子でパスタを拵えてエネルギー補給。すべての準備が整って、鈴蘭の駐車場を出たのが7:40のことでした。



紅葉が見事。しかし、雲が気になるな……



「いよいよ畳平に登頂、ですね!」 「まあ、3時間くらいあれば登るだろういくらなんでも」 と、鼻歌交じりでの出発となりました。ちなみに、標高1400メートルの鈴蘭から同2700メートルの畳平まで、距離にして約20キロ。獲得標高1277メートルというコースになっています。大先生は10年以上も前に、ここにクルマやバイクで来たことがあるそうです。……あれ? クルマやバイクって、畳平に上がれたんですか? 「まだマイカー規制が始まる前にね。あの当時はすごかった」 「どんな風にですか?」 「畳平って、駐車場が狭くて、たいてい坂の途中から大渋滞起こすんだ。たぶんそれが、規制掛かった一番の理由」



1999年6月29日のデータより。今では考えられないが、この当時の夏はいつもこう。



驚くことに、一時期はなんと、自動車は通れるけど自転車は通れない、なんてこともあったとか。不思議な世界です。



同じく1999年6月29日より。信じられないがこういう時代もあったのだ。



ぐんぐんと標高を上げていきますが、時折視界が開けると、見事な紅葉が始まっていて、とても綺麗です。ハイキングの人も大勢見かけたほか、ご同業の姿もちらほら…… 「どころじゃないですね、わんさかいます」 「まあ、メッカだからね」 途中、ハイキングのおばさまに、「すごいわねぇ!」なんて声をかけられたり。大先生は、 「こっちはまだ自転車だからいいけど、ハイカーのほうが逞しい」 なんて返したりして。そんなやりとりをしているうちに、マイカー規制がかかる三本滝のゲートに到着。400のアップで、40分経過の8:22に到達です。ここからが本当の乗鞍、選ばれし者だけが垣間見ることのできる世界です。 「いや、今じゃバスに乗れば誰でも……」 「夢がないです」 あ、あと、ここが補給ポイントとなります。幸い、わたしたちは補給の必要はなかったのですが、お困りであればどうぞ。



ここからさらに900アップしてくぜ。



体制を整えて、それではいざ、未知の領域へ。ゲートをくぐるとき、「上は風が強いかもよ〜」なんて言葉を警備のオジサマから戴いたのですが、このときはそれほど重く受け止めていませんでした。 さて、序盤はゲレンデを横切るように九十九折れで標高を稼いでいく線形となり、そこを頻繁にバスやタクシーが通り抜けていきます。勾配は、緩やか…… なんてことはなく、だいぶパンチの効いた登り坂でした。特に、九十九折れのイン側は、某群馬のドリフト漫画で、MR2が空を飛びそうなくらいの高低差がありました。有難かったのは、ここが乗鞍で、交通量がほとんどないので、対向車線に飛び出してもさほど危険がない、ということ。できるだけ斜度変化のないコース取りで登っていきます。



感覚としては、いろは坂に近いかな。



「とはいえ大先生、気を付けてくださいね。クルマは来なくても、ご同業は突っ込んできますから」 「……そうだった」 近年、乗鞍の懸案事項は、自転車による交通事故。確かに、クルマの往来が減ったので相対的にそうなってしまうのですが、それを抜きにしても、下りで事故を起こすサイクリストは多いのだそう。わたしたちも、事故の当事者とならないように注意しないといけません。



三本滝を見下ろす一枚。



景色が開けたところで撮影なんかをしつつ、ゆっくり、ゆっくりと登ります。28Tスプロケットが良い仕事をし出した頃、気が付くと天気は下り坂になっていました。確かに、登り始めた時点で、山の上は天気が悪そうだなぁ、と思ってはいたのですが。 「心なしか、寒い」 なんて、大先生が言いだすのです。防寒具は持ってきましたが、グローブは夏用のもの。指が千切れないか心配です。



建物が見えてきた。



1時間ほど登ると、位ヶ原山荘という山小屋に到着しました。趣ある山小屋です。建物の外には自転車用のラックが用意されていて、自転車で訪れる人の多さを物語っていまs…… 「大先生、わたしの見間違いじゃなければ、アレ……」 「スキー板だね」 「えーっと…… 意味が分かりません」



何気なく自転車を停めたが、明らかな違和感が(奥のやつ)。



わたしは言葉を失ったが、大先生は何かご存じの様子。 「乗鞍のてっぺんに、大雪渓っていう万年雪があるんだけど、夏でもスキーができるってんで、エクストリーム系のスキーヤーがこうして自転車で上がる、というのは聞いたことがある」 シクロポリス第五号で、あっせんぶりぃのまるよさんが(本当に)やってたという記事がありましたけど、生で見ると、もう何と言ってよいのやら。 「ところでさ、……寒いから中に入ろう」 「そうですね」 わたしたちはここで小休止。本当なら暖かいものでも戴けばよかったのでしょうが、なぜか大先生のチョイスは赤ペットボトル。それに持参したジャムパン。コーヒーでも飲みましょうよ大先生。 「帰りにな」 なんて大先生は言うのですが、これはのちの伏線になってしまいました。



山小屋な雰囲気。こういうところに一泊する旅もいいな。



地図上では、あと1時間ほど登れば県境に到達するようです。つまり、大先生の脚では、三本滝と位ヶ原で3等分、といったところでしょうか。 補給を終えて、店員のお姉さんに見送られ(このお姉さんは、路線バスにも手を振ってました)、いよいよ最終決戦(?)です。



いってらっしゃい。



森林限界はとうに越え、低い木々と岩場しかない道を、雲によって視界がない中進んでいく、という、この世の地獄のような展開になりました。しかし、この世の地獄は、まだこんなもんでは済まなかったのです。 峠から、ご同業が下りてきました。大先生は手を挙げて応えます。すると、すれ違いざま、このご同業はこういったのです。 「寒ぃよー!」 次のご同業は、 「指が千切れる!」 …………………… 久しぶりに、大先生が言葉を失っていました。驚愕、というか、苦笑いに近かったですが。



いよいよ雲の中に。



やがて、雲の中に入り、文字通り視界は消えました。乗鞍のヒルクライム大会でいうところの、最後の最後でもっとも勾配がきつい区間に入ったのです。視界がないので周囲の風景は全く拝めず、かつ立ち止まると強烈に寒い、というとんでもない空間です。 麓で、風が強いとアドバイスされましたが、その意味がようやく分かりました。 「あ」 突然、大先生が停まりました。何か、トラブルでしょうか? 「大丈夫ですか?」 「エルコスさん、凍ってる……」 「……え?」



水が0℃より高い温度で凍ることなんてあるっけか?



そこには、湧水が流れていました。あちこちが凍りついた状態で。さすがにわたしは絶句しました。 「大先生、どうします? もし寒さが耐えられないなら、戻ることも……」 「ははは、冗談言うなよ。もうすぐゴールなんだ。それに……」 「それに?」 「畳平まで行けば、とりあえず暖は取れる」 つまり、ここで引き返す方がリスキーだ、と。 「あとちょっとだ。頼むぞ」 「……はい」 気を引き締めなければ。なんとかして大先生をてっぺんまで導かなければ。 そこから20分間は、正直なところ、特に印象がありませんでした。一番の理由は景色がなかったことですが。しかし、大雪渓のバス停前に、数台の自転車が停めてあったのを見て、「好きだねぇ」なんて会話をしたりしたのは覚えています。



好きな人々。



そして10:35、道は折れ曲がるように左を向き、そこが県境でした。ぎりぎり3時間を切るくらいの時間で、わたしたちは登頂することが出来たのです。 「や、やりましt……」 そう言いかけたわたしの耳に、大先生の笑い声が。 「見なよこれ、霜が降りてるぜ、はははははwww」 「だ、大先生…… 壊れた?」 いつまでも爆笑する大先生に、わたしは感動とかそういう余韻に浸ることなく、ただただ心配になってしまいました。人は、極限状態になると笑うんですね。 「ささ、寒いから早く畳平行こうぜ、ぷくくく……」 「笑うか走るかどっちかにして下さいな」 「だってよ、今10月だよ、下界は暖かいのに…… ぶはっ!」 「ああっ、鼻水が風に流れてるっ!?」 感動とか達成感って、なんなんでしょうね?



頂上のゲート。あちこちに粗氷が根付いている。



峠付近は恐ろしいほどの強風でした。看板を使って風をやり過ごしましたが、うっかりすると吹き飛ばされそうです。どうにか風が収まるのを待ってから、畳平のバスターミナルへ降りてきましたが、駐輪場のような場所はなさそうです。 「大先生、わたしのことはいいですから、早く暖を取ってきてください」 「……大丈夫なのか?」 「少なくとも、わたしは凍死することはありませんから」 まずは極寒に曝された大先生を何とかしなければいけません。わたしを適当なところに括り付け、バスターミナルの中へ飛び込んでいきました。



なお、そこで取った暖。このあと一味まみれにした。



「ふぅ……」 わたしは溜息をつきました。 山の天気は変わりやすい、とは言いますが、まさか粗氷ができるとは。恐らく、気温は氷点下4度以下、普通に冬の天気でしょう。いくらわたしが頑丈なチタンボディとはいえ、寒さを感じないわけではないのです。ほら、言ってるそばから、わたしにも、粗氷が…… 「大丈夫か? しっかりしろ!」 おや、寝てたみたい。気が付くと、血色の好い大先生が戻って来てました。 「おかえりなさい。温まりました?」 「お陰で生き返った。……しかし、ひどいなエルコスさん」 「どうして?」 「……樹氷になりかけてる」 「あ……」



これは、アレだ、凍死とかしちゃう系だ。



見ると、フレームからステムから、サドルバッグに至るまで、あちこちに粗氷がまとわりついているじゃないですか。あともう少し遅ければ、本当に樹氷になっていたのかもしれません。 「氷の美女?」 「冗談言ってないで、とっとと下山しよう」 撤収は早かったです。とても、デスライドなんて冗談言ってられる余裕はなく、ほうほうの体で鈴蘭側に下山。雲の中の区間を抜けると、徐々に気温が上がっていくのを感じられました。それでも寒かったので、位ヶ原山荘に立ち寄り、コーヒーを飲みました。今度こそ、暖かいものを採りました。



400円で幸せになった。



「はぁ…… ようやく実感が湧いてきた」 「なんのですか?」 わたしの問いに、大先生がこう言いました。 「乗鞍に登った、という実感が」 つまり、さっきまでは実感が湧かなかった、と。 「生きることに精いっぱいだったから」 ぷっ! 思わずわたしは吹き出しました。 「まさに、この世の地獄を見た、というところですね」 「ま、そんなとこだね」



地獄からの生還。



三本滝まで降りてくると、そこはすっかり秋の世界。つい1時間前までいた冬の世界とは打って変わって、のんびり、ほんわかな世界でした。 視界が開けてくると、飛ばしたくなるのが大先生の性。リヤブレーキを巧みに使って、コーナーをクイックに攻めていきます。 「気持ちいいですね!」 「まったくだ」 なんて言ってたら、緩い左コーナーで、いきなりリヤブレーキがロック。 「きゃっ!?」 「うぉっとぉ!」 フロントロックじゃなかったのが救いで、軽くスライドしてグリップが回復。ハイサイドも起こさずに済みました。 「大先生、もっとリヤは柔らかく!」 わたしは声を荒げました。下り坂でイイ感じに速度が乗ってる時に、そんな転び方をしたらタダじゃすみません。対向車がいようものなら、目も当てられないのです。さらに言えば、下り勾配はリヤ荷重が抜け気味なので、ちょいと力を入れれば簡単にカニ走りになってしまいます。 「大先生、もっと優しく!」 「ソフトタッチに!」 「強くしないで!」 そんなことばっかり言ってたら、大先生がポツリと、 「エルコスさん、なんか卑猥……」 「バカーっ!」 大先生はヘンタイです。間違いありません。 まあ、そんな感じで鈴蘭まで降りてくることが出来ました。時刻は12:30、もう一度温泉に入って身体を温めたら、……どうなさいますか大先生。 「ま、またの機会を楽しみに、ってことで」 わたしはふたたび荷室に収まり、大先生と共に乗鞍を後にするのでした。



もうすぐスキーの時期だな……









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TITLE:ヒルクライム・シンドローム
UPDATE:2015/10/13
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