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201:エルコスさん日記2〜死にかけた話〜



text&photo  by  ymr20xx@y-maru.com。







さっそく本文です。


「久しぶりのお出かけですねっ!」
  エルコスさんが嬉々と声を上げる。嬉しいのはいいのだが、
「眠いー、そして寒いー」
「オッサン臭いですよ大先生」
  しょうがないじゃんか。もうそういう歳なんだし。それに、寒いのは当然で、早朝6時の北千住駅前は、季節的にも寒いが閑散っぷりもだいぶ寒い。





早朝の北千住駅。



  私はエルコスさんをいつも通り輪行袋に突っ込み、買い出しをしてから改札を潜る。
  常磐線と千代田線の乗換駅、とか、スーパーひたちが停まらない、とか、JR基準で見るとそれほどパッとしないこの駅だが、しかし東武線の全列車が停まるうえに、季節と行先限定ではあるが夜行列車まで停まるという、ちょっとしたターミナル駅なのだ。その北千住発、6:31会津田島行の東武線快速を捕縛する。
「あれ、福島はしばらく行かないって言ってたじゃないですか?」
「福島には行かないよ。その途中で降りる」
  私は答える。ちなみに、降りる駅は湯西川温泉駅で、まあギリギリ栃木県だ。
「……ということは、山ですねっ!」
  エルコスさんは嬉しそうだ。おっかしいなぁ、山とか好きだったっけ?
  そんな疑問を抱きつつ、快速の乗客となった。





快速の車内。



  早朝の下り線はガラガラかと思ったが、意外と乗客がいて驚く。座れはしたが、エルコスさんの置き場所に困る。眠い頭で考えてみると、まあ確かに沿線の通学客を拾うだろうし、日本工業大学や東洋大学に通う学生が利用しているんだろう。何せ、急行より停車駅が少ないのだ。東武の快速は。
「でも、大先生ってヒルクライム好きでしたっけ?」
「うん、キライだよ」
  エルコスさんが派手にコケた。自転車なのに器用な娘だ。
「でも、正直言って走る場所がなくなってきた」
「……え?」
  つまり、あらかた平坦なところは走り尽くしたので、新しいところとなると、自然とコースは山の方に向かう、ということである。
「だって考えてもみぃ。平坦でちょびっと丘陵がある、みんな大好き房総半島なんて……」
「……しょっちゅう行ってますね」
「すると、だ。たまには新しいところ開拓したくなるってもんでしょう?」
  エルコスさんは、納得したように頷く。
「大先生、色々考えてるんですね、ちょっと尊敬しましt……」
「それに俺、結構Mだから。うん、なんかさ、こう、無理やりイカされ……」
「前言撤回。あんたやっぱり変ですよ」
  おお、遂にあんた呼ばわりですよ。





ここから鬼怒川方面へ。



  ようやく陽の光も強くなり、うとうとしながらボックスシートで微睡んでいると、8:23、下今市着。ここでうしろ2両を切り離して4両で鬼怒川方面へ。ようやく空いてきたので、エルコスさんを立てかけておける場所を見つけてホールド。
「ここから各駅停車なんですね」
「ま、目的地まではそう遠くないから」
  なんて言いつつ、きっちり50分費やして、9:13、湯西川温泉駅着。
「ぜんっぜん遠いじゃないですかっ!」
  怒るなよぉ。単線区間で対向列車が遅れたのが原因なんだから。





美佐島じゃないZE!



「それよりか、この駅の構造見てみな。なかなか他にないぞ」
「トンネル駅ですね。美佐島と違って、出入りはフリーパスですか……  あ、あれ!」
「気が付いた?  鉄橋が見えるでしょ」
  そう、ここはトンネル駅でありながら、すぐ目の前に鉄橋が掛かってるという、他にあまり例がない構造をしているのだ。
「大先生、外に出てみましょう!」
  と、エルコスさんに手を引かれ、改札を抜けて外に出る。





湯西川橋梁。



「さーむーいー」
「見て見て大先生!  鉄橋ですよ!」
  エルコスさんは、紅葉をバックにどかんと構える湯西川橋梁にすっかり心を奪われていた。おっかしいなぁ、鉄橋とか好きだったっけ?
  ちなみに、鉄道駅(敢えてこう書く)に隣接するように、道の駅(これを書きたかったので)がある。9時台の到着ということで朝市が開かれていて、駅は結構賑やか。足湯もあったのだけど、こちらはまだ湯張りが終わってなかったのでパス。興奮するエルコスさんを宥め、ようやく袋から出して組み上げる。
「……てか、どうやって袋の中から鉄橋見てたの?」
「メタな質問は野暮ってもんですよぉ、大先生」
  そうだった、劇団某さんにどつかれるところだった。





それではスタートです。



  11月頭のヤマイドウ以来となるエルコスさんの旅、今回も良い旅になるといいなぁ、と思いを馳せて、ペダルを踏み込んだ。
  今日のルートは、湯西川温泉を抜けて土呂部峠を経て栗山へ、そこから県道23を登って川俣から山王峠、そして中禅寺湖を抜けて日光までの、おおよそ120キロ程度の山岳ルートだ。途中、3か所の大規模な登りが待っている訳だが、まあ、これまでの感触からすると、何とか日没前には到達できるだろう。
「とりあえず、川俣を13時前後に抜けて、2時間かけて山王峠をシバき倒せば、あとは寒いけど何とかイケるでしょう」
「皮算用にならないようにしましょうねー」
  大丈夫、そのために君がいるのだから。





出発。ちなみに駅前の駐車場は広いので車で乗り付けても良いね。



  9:31、湯西川駅発。ここから湯西川の集落までおよそ10キロ強、ゆるい登り勾配である。こういうゆるい登りを、適度な回転数でクイクイ回しながら登るのが、結構気持ち良かったりする。
「いい感じですね」
「久しぶりの割にはよく走れてると思う」
  なんて話しながら進んでいくと、
「……通行止めですね」
「そういえば、このあたりはダムが出来てるんだっけ」





道はこのままダムの底に一直線。



  何せ、持っている地図が2004年版である。そこに描かれている道は、とうにダムの底だ。
「大先生は電気屋だから、ダムとかどうなんですか?」
「それは、立ち退きとかの意味も含めてってこと?」
  彼女は縦に頷いた。
「うーん、まあ、当事者じゃないから何とも言えないし、推進と反対で双方に言い分があるから、結局はそこに住んでた人たちの総意で判断すればいいんじゃないかな」
「はぐらかしましたね?」
  からかうように、エルコスさん。
「まあ、下手なことは言えないよ。個人的にはダム好きだけどさ」
  こういう問題は、当事者でなければ語るべきじゃない。これだけはブレがない。とかく、浅い知識のコメンテーターが身銭欲しさに偉そうなことを言う時代だ。せめて自分はそうはなりたくない。
「それに、必ずしも故郷を失うことが、悪ではないと思う。ほら、見てみ?」
「え?」





そこにあったもの。



  足元に目をやった。そこには、恐らくこの地に住んでいた一族のものだろう、記念碑が建っていた。
「ま、捨てたもんじゃないってことさ。作る側だって悪魔じゃないよ」
「……そうですね」
  エルコスさんは、納得したように頷く。
「大先生、色々考えてるんですね、ちょっと尊敬しましt……」
「お、面白そうなトンネル発見!  真っ暗でちょー面白そうだ!  エルコスさん、ちょっと入……」
「前言撤回。先を急ぎますよ大先生」
  明らかに声が怒ってた。おおこわい。





エルコスさんがマジ切れしかけた魅惑のトンネル。



  そこからさに進むと、道は下り基調になり、登りで喰われた遅れを挽回するかのごとく加速する。そして、ぽつりぽつりと家屋が見え始めると、そこが湯西川だ。平家落人伝説を今も受け継ぐ、関東屈指の秘境だ。
「ここは蕎麦がおいしいんだよね」
「来たことあるんですか?」
「オフ車に乗ってた頃に何度か。だから、このあたりの道はある程度知ってる」
  若い頃に食べた、店番のおばあちゃんが印象的な蕎麦屋も健在だった。あれから10年以上も経つので色々と変化はあるだろうが、変わりはないだろうか。残念ながら時間が早すぎて今回はパス。
  観光センターに一旦立ち寄って、ボトルに水を補給。そして、足湯があったので、今度こそどっぷり浸かる。
「あー、気持ちいー……」
「大先生、タオルありましたっけ?」
  もはやそんなことはどうでもよい。気持ちいいんだもの。





今度はタオル持参で来よう。



  小休止ののち、いよいよ湯西川の中心を抜ける。
「いよいよ本格的な登りですね」
「ま、いつも通り頼むよ」
  トップチューブをポンポンと叩き、10:30に登坂開始。部分部分できつい箇所があるが、全体通してそれほど激坂ということはなく、うまくすればアウターのままクリアできる。
「大先生、アウターが46Tだってこと言っておいた方が……」
「大丈夫だ、問題ない」





徐々に標高を上げていく県道249号。



  まあ、普通ならインナーで走るよな。ただ、そう陰口を叩けるのは権現滝への分岐となる丁字路までの話で、ここを左折してから土呂部峠までは、これはこれは一筋縄ではいかない。とにかく、距離が長いのだ。久しぶりに、終わりの見えない登りを味わうことに。
「さっきまでの威勢はどちらに?」
「うう……、負けてられるかーっ!  この、荒川のパンター……」
「それは某CDで日笠陽子がツッコミ入れてたヤツと同じじゃないですかー!」
  まあ、自転車界にはご当地パンターニが多いこと多いこと。





紅葉シーズンはとうに過ぎて、木々は寂しい姿だ。



  既にインナーに落ちたギアを、じんわりじんわり回しながら登っていく。速度は、まあ、遅い時には時速8キロ台。戦力にはならないが、サイクリングにはちょうど良いペースといったところか。お陰で腰も痛くならない。





土呂部峠。左折すれば舗装路で栗山村へ。ところが……



  11:21、土呂部峠の分岐着。ここまで地図上ではおおよそ8.5キロの登りだった。あと1時間半で川俣に着けるだろうか。
「ああ、そういえば」
「どうしました?」
  私は昔の記憶を呼び起こす。確か、
「ここを右折して、そのあと林道を走ると、一気に川俣湖の奥までワープできるはず」
「おお、それなら何とか間に合いそうですね」
  エルコスさんも絶賛である。
  地図を見ると、確かに川俣湖の西側を周回する林道がある。名前を川俣桧枝岐林道という。
「行ってみますか?」
「もちろん!」
  二人の意見は一致した。分岐からさらに1キロの距離をヒルクライムするが、川俣湖への分岐はすぐに現れた。
「……え、ダートなんですか?」
「あ、言ってなかったっけ?」





田代山林道との交点。会津へと抜けるもうひとつの抜け道。ここを左へ。



  うん、言ってなかった。ここで、エルコスさんの表情が強張る。
「わたしはオフロードを走ることを前提にはなってませんよ。無理に止めませんが、くれぐれも慎重にお願いしますね」
  その言葉が重くのしかかる。そりゃそうだ、前回は慎重にいかなかったせいで泥まみれにしているのだ。オフロードが走破できるかは判らないが、一応タイヤは、そうそうパンクしないツアラープラス、何とかなるだろう、と信じて。
「じゃ、行くぜ」
  ゆっくりと坂を下り始めた。
  今まで登ってきた貯金を吐き出すように下り勾配を駆け抜ける。日差しはあるが、風は冷たい。そして、ガードレールなしのブラインドコーナーも多いので、あまり速度を出さずに進んでいく。すると、所々地面が濡れている箇所に出くわす。湧水かなんかだろうか。
「……あ」
  見てしまった。明らかにおかしい光の反射。ギリギリまで速度を殺し、水たまり、……に見えた凍結箇所へ。案の定、前輪からすっ転ぶ。
「大先生ぇぇぇっ!  非道くないですかぁぁぁぁぁっ!?」
「それはキノの17巻からパクったな。時雨沢先生ごめんなさ……」
「いいから起こしてくださぁぁぁい!」





そしてサドルまでひん曲がった。



  速度を殺していたお陰で、私もエルコスさんもさしたるダメージなし。数メートル滑っていったエルコスさんを起こす。
  さすがというか何というか、11月にもなると本当に路面凍結するものなのだと感心した。いよいよ慎重に行かないと危ないな、なんて思っていると、桧枝岐方面への分岐に辿り着く。ここから川俣大橋までがだいたい17キロほどで、完全にダート道になる。





これは明らかに走る場所を間違えてるね。



「本当に気を付けてくださいねっ!」
「うん、わかってるつもりだけど」
  ご立腹のエルコスさんに、それとなく答える私。


  しかし、その十数分後、とんでもないことが起きた。


  プシュー……
「やったな!  やっただろ!  絶対やっただろ!」
「だ、大先生……  そんな呑気なこと言ってる場合ですか……」
  ネタができたと大喜びの私に対して、エルコスさんは血の気を失っていた。





血の気を失うベッコリ具合。



  まあ、どこかで聞いた音は、明らかにパンクの音だ。まあ、ダート道、しかも軽くガレていたから、まあ多少は仕方ない。が、
「横、横が……」
「あん?」
  パンクした後輪を外し、チューブを引っこ抜いていたら、そのチューブが途中でブチン、と切れた。文字通り、切断だ。
「引っ張りすぎた?」
「サイドカットしたんです!」
  それを聞いて、今度は私が血の気を失った。





この瞬間、一瞬だけど「死んだかも」とマジで思った。



  ものの見事なサイドカットである。こうなると、ただチューブを取り換えただけでは、再びタイヤの裂け目からチューブが飛び出してバーストするだろう。例えるなら、フタの開いたケチャップを握るようにチューブが飛び出る。
  ただ、私とて無謀な自転車乗りのトップ1パーセント、最強の最強だが、さらに鍛えられた身である。こんなこともあろうかと、補修用のガムテープを持参している。タイヤの裏側から何層にも重ねて張れば、とりあえず当面は大丈夫だ。問題があるとすれば、ここが人気のないダート林道で、しかも起終点のほぼ中間あたりで、さらには携帯の電波も届かず、おまけに平日だということだ。休日なら高確率でオフ車に乗ったライダーと遭遇できようが、その可能性も薄い。すなわち、救援の見込みがない、完全な四面楚歌だということだ。次に何かあった場合、それはすなわち……
「とりあえず補修はした。騙し騙し川俣まで走って、場合によってはそこからバス輪行に切り替える」
「……わかりました。できるだけサポートします」
  エルコスさんの表情は硬かった。そのあともガレ気味の路面は続き、バーストを恐れて空気圧をやわめに設定した後輪をかばうように、慎重に走っていき、
  プシュー……
  今度は、前輪が逝った。




「……大先生、お願いです」
「何だ?」
  エルコスさんを押しながら、私は訊く。
「わたしをここに置いて行ってください。大先生一人で下山して、いつかわたしを助けに来てください」
  彼女はこんなことを言った。
  事実、状況は予断を許さない。まだ昼過ぎとはいえ、人気のない林道で陽が暮れれば遭難の危険がある。おまけに、今ある食料は、僅かな水と補給食が2本のみ。こんな状況で言うのもなんだが、私は翌日、ちょっと外せない出張が入っていて、本日中には帰京する必要があるのだ。
  確かに、彼女をここに放置してひとりで下山すれば、川俣からヒッチハイクでも何でもして帰京することは可能だ。聡明な彼女らしい判断だが、
「バカ言うな。一緒に帰るぞ」
  私はそう回答した。まだ可能性は残っている。そうならば、行けるところまで行くしかない。
「大先生……  わたし、わたし……」
  泣き出しそうなエルコスさんの言葉を遮り、私は言った。
「だって一人で歩いたってあなた押してったってそんなに差ないし。靴がSPD−SLてのもあるけど」
「……わたしの涙を返して。のし付けて」
「すっげぇ表現知ってるなぁ」
  一瞬、緊張が緩んだ。私もエルコスさんも、思わず笑ってしまった。





ようやく川俣湖が見えてきた。



  九十九折れの下りをクリアすると、ようやくダムが見えた。そして、遠くに人工的な建造物も。恐らくは、上人一休の湯だろう。
「たぶんあと10キロもないだろう。押せるところは押して、15時までは頑張る。そこで辿り着かなかったら、また考えよう」
「はい。あ、あと大先生」
「何だい?」
「前のホイールに傷つくのは覚悟します。乗れそうなら乗ってください。少しでも早くにここを脱出しましょう」
「いいのか?  かなり痛いぞ?」
  静かに首を横に振るエルコスさん。
「大先生と一緒ならば我慢を。逝くときは一緒ですよ?」
「……上等。頼むぜエルコスさん」
  私はもう一度、トップチューブをポンポンと叩いた。





時間設定には理由がある。徐々に陽が暮れているのだ。



  そこから先は、とにかくきつかった。押せば時速5キロ台、ガレがなくなって路盤が良さそうなところは、ご自慢のオープンプロを削りながら時速10キロ台。ガレてきたり、ヌタッてたりすれば、その都度押していく。遅々として進まないが、それでも建造物は徐々に大きくなっていく。
「……ぁくっ!?」
  そして、時折悲鳴を上げるエルコスさん。彼女は彼女なりに我慢してるのだろうが、目に見えてリムに傷が入っていく。
「大丈夫か?」
  乗って、押してを繰り返しつつ、彼女を労わる。気丈にも彼女は、
「だ、大丈夫……  こんなことになると分かってたら、わたしももっと強く止めるべきでした。これはわたしへの罰だと……」
「バカ言うな。そんな罰なら受けるのは俺の方だ」
「で、でも……」
  何か言いたそうにしているエルコスさんを押しながら、氷が張られた水溜りを突き進む。泥が跳ね、お互いの足元を濡らす。
「そんなに罰を受けたいなら……」
  私は言った。
「……二人で痛みを共有しよう」
「大先生……」
  そこからはお互い、無口になった。
  日陰だと強烈に寒く、日陽だと汗ばんで暑い。上を脱ぎたいが、脱ぐと寒い、そういう天気だった。そして、14時を回った。路面は急に、舗装路になった。





ここから道は完全な舗装路に変わる。



  確か、林道の拡張工事をやってて、県道からの入り口から少しの区間は舗装化されていると聞いたような気がする。では、いよいよか……?
  ブラインドの右を曲がる。舗装路ならば、と、満身創痍のエルコスさんに跨って、ゆっくり進む。そして、吊架と主塔が見えた。県道23号線だ。
「た、助かった……」
  へなへなと頽れるエルコスさんに、私は言った。
「お疲れ。……ありがとう」





川俣大橋の北側。林道の起点(終点)でもある。






  二人とも、ほうほうの体で川俣大橋を渡った。平日が災いし、ドライブインは休業していた。気が付けば、朝から固形物を食べていない。少々眩暈を覚えるようになったので、慌てて赤缶(正確にはペットボトル)を購入し、急場を凌ぐ。200円とか高価すぎだろうに。





川俣大橋を渡る。もう乗るのは忍びないので押した。



  一口飲んで、人心地着いた。今度は、帰京のことを考えなければならない。ドライブインが閉まっているということは、タクシーを呼ぼうにも手立てがない。路線バスが女夫渕と鬼怒川温泉間で運行しているが、それも次の便はおよそ2時間後で、かつ、バス輪行を受け付けてくれるかどうか。
「イチかバチか、だな」
  私はエルコスさんの前輪を外した。ここから先、最寄駅まではずっと舗装路なので、もし治せるならばパンクを修理し、下り基調の道を一気に下ったほうが早そうだった。
「治りそうですか?」
  エルコスさんが心配そうに聞いてきた。しばらくパンク状態で走ったせいで、ホイールは傷だらけだが致命傷にはなっていない。懸念していたパンクも、スネークバイトだった。
「いける!」
  私は判断した。結果、持ってきた替えチューブとCO2ボンベ2個を費やし、どうにか走れるところまで回復した。相変わらず緩い空気圧と、さらに後輪はサイドカットの影響はあるが、もうあとは天に任せるよりほかない。できるだけ慎重に走ろう。
「よし、行くぞ」
「はい!」





萱峠への登り。人気があることがこれほど安心するとは。



  力強いエルコスさんの返事を聞いて、ちょっとだけ勇気が湧いた。萱峠までの区間はちょっとした登りだが、走っている感じではすぐにバーストするような気配はない。段差に乗り上げるときだけ最大限の注意を払い、峠からは文字通りの下り基調。
「なーんか、アポロ13の気分だな」
「わたしはアクエリアスですか?」
「んで俺はジム・ラベル」
「随分と俗物な船長さんですね」
  なんてくっちゃべり合っている我々を、『お気をつけてお帰り下さい』の看板が見守っていた。





気を付けてお帰り下さい、とさ。



  さて、県道23号といえば、紅葉シーズンの連休にはエクストリーム離合大会が各所で開催されるほどの隘路であるが、この日はそんなこともなくスイスイと下ることができた。しかし、途中で補給を、と思っていた店は軒並み店じまいをしていて、お陰で名物の蕎麦を食べ損ねた。まあ、それはそれ、また今度リベンジするときに戴くとしよう、と言ったら、
「もうあの道はコリゴリですよ?」
  しっかり釘を刺された。





栗山村の中央。土呂部峠の分岐を左折するとここに出た。



  旧栗山村を抜け、集落をいくつも越えていく頃、徐々に太陽は西の空へ沈み、川治ダムが姿を現す頃には、完全な日暮れ時となった。国道121に出て、そのまま龍王峡を下っていくと新藤原の駅に着いた。……が、
「大先生、足はまだ生きてますか?」
  エルコスさんが、唐突に。
「お、おう。でも何で?」
「あと6キロ下ると、特急の始発がある鬼怒川温泉駅に着きます。大先生、ロバート先生の時間ですよ」
  お、久々に聞いたぞ、その名前。
  確かに下り基調の道を6キロ走ればよいだけだ。それに乗らない手はない。我々はさらに南下する道を選んだ。





余談だが、この周辺はダム天国でもある。



「だから、やっぱりCHILDRENですよ!」
「いーや、FABLEだって」
  クライマックスの曲論争。私はFABLE、エルコスさんはCHILDREN。まあ、正直どっちでもよい。そんな言い争いをしているうちに駅はどんどん近くなり、そして、川に面した温泉旅館群を右手に見つつ、16:30、鬼怒川温泉駅まで辿り着いた。
「ところで、これって……」
「椎名さんクルマ何台持ってるんだろう?」
  どうでもよい小ネタに反応できるほど、お互いに余裕あってのゴールであった。





へきる様限定。





  16:45発のきぬ134号を捕縛に成功。しかし、出発まで5分しかなく、TFBもギリギリの線で確保するという有様。しかし、どうにか帰京できそうだ。





鬼怒川温泉駅。走った距離はメーター読みで80キロほど。



「大先生、何だかんだ言っても、やっぱり楽しかったですね……」
  と、エルコスさん。
「まあねー。まあ、手軽に大冒険できるって意味では、やっぱり自転車は手ごろで楽しいってことだな。それに、あなたと一緒なら、まあスピードは遅いけど登り坂もそれほど苦にならずに登れるってことが分かったし、教訓になったこともあったし、終わり良ければ全てよし、ってんじゃないけど、まあ……」
  仕込んだ酒類をちびちびやりながら、一方的にしゃべる私。ふと横を見ると、エルコスさんは、
「んー……  たのしかった、ですねぇ……」
  寝落ちしてた。マジ寝だ。
  おーい、と呼びかけてみても起きる気配はない。……まあいいか、今日はもう乗らずに担いで帰るか。思えば、一番大変だったのは、彼女のほうだ。
「ありがとう、エルコスさん」
  聞こえてたのかはわからないが、寝ているはずの彼女は、
「んー……  だいせんせー、またいきましょうね……」
  そう返してきた。私は何となく恥ずかしくなって、チビチビやってた酒類を一気に煽った。





スペーシアで、お疲れさん。






マヂごめんなさい。


ぶっちゃけた話、タイミングが悪ければリアル遭難だった訳である。こればかりは猛省するほかない。

まあ、一番の敗因は、ハイプレ気味のオンタイヤでガレ場を走ったことである。いくら天下のツアラープラスとはいえ、17キロもガレ場は持たない、ということだ。これは一つ参考にしたい点である。

なので、土呂部峠の分岐を素直に左折し、栗山村から川俣方面に向かった方が安全だったのである。そのかわり、かなりの遠回りになるし、且つ長い距離登らされることとなるが。

まあ、そんな教訓だらけの今回の旅ではあったが、結論を言えば総じて走りでのある良質なコースであったと言えよう。県道23号線を川治から延々と登るのは辟易するが、例えば戦場ヶ原側から山王峠を越えていくルートが設定できれば、道中点在する蕎麦屋巡りというのも楽しめる。また、栗山村の中心部には、露天風呂が素晴らしい四季の湯という立ち寄り湯もあるので、コースとしては秀逸なのだ。

まあ欲を言えば、土呂部峠から川俣まで完全舗装してくれることを望みたい。しかし、関東圏から気軽に来れるロングダートは、元オフ車乗りから見れば羨ましいの一言に尽きるので、それはそれで葛藤があるのだが。

……で、ここからが補足。








今回のルート


@五十里湖のオモシロそうな乗り物

駅前に停まっていたのがこの車両。一日4便、最少催行人数10名、料金3000円と条件はあるが、湯西川のダム湖をクルーズできる。フラリと利用するような使い方は無理だが、タイミングが合えばオモシロそうである。





これが陸を走り、湖に浮かぶのだ。




A湯西川の補給

今回は湯西川を10時頃に通過したのだが、補給できる箇所が限られており、ここで補給が出来なかった場合、栗山村まで下山するか、林道経由で川俣大橋まで行くかしないと補給が出来ない。湯西川は温泉の名前がある通り温泉街にもなっており、中心部はそれはそれはレトロな温泉街を形成している。食事できるところがあるので腹が心配ならば。また、周辺通して、大手コンビニは1軒もないので注意しよう。





湯西川の市街地を往く。




Bスペーシアの輪行模様

東武鬼怒川線を活用する場合、特急の始発は鬼怒川温泉駅が基本である。新藤原と鬼怒川公園からも始発が出るのだが、新藤原始発は早朝の2本、鬼怒川公園始発は一日1本しかない(2014年11月現在)。エルコスさんが無理にでも鬼怒川温泉まで走らせた理由はコレである。

スペーシアの場合、デッキと乗降ドアがそこそこ広いので(少なくともJRの特急車両と比べて)、輪行はしやすいかな、と。





こんな具合。結構デッキが広い。




C失ったモノと被害状況

最後に、体を張って帰京を果たしてくれたエルコスさんだが、少なくとも前後タイヤとチューブは全取り替え、ホイールも無理が祟ってアチコチ振れが出ているので要修正。そして、壮絶な泥まみれに見舞われた。ある意味、ワタクシめの身代わりとなってくれたのだ。ここはひとつ感謝しつつ、早めに修復をしてあげようと思っている。





あと、クリートは散華した。ま、当然だよな。






エルコスさん日記2のテキストファイルはこちら。需要なんて知るかー!










TITLE:ジム・ラベルごっこ?
UPDATE:2014/11/23
URL:http://y-maru.sakura.ne.jp/201_mubou2014/mubou2014.html